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ネパール旅行記 10

2014年07月30日

私が見つけたのは、ロッジの裏山。メインの登山道からはなれた、岩場の一角だった。

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大きな岩が岸壁にせり出し、天空のアトリエが姿を現す。背中の方角がエベレストだ。しかし、十分に気は満ちて、時空を超えた感覚で聖なる山の神々の光を受け取ることができる。

今、午前6時。岩の上であぐらを組んで座れる平らな部分が一箇所。紙を広げる部分が一箇所。描き終えた絵を並べられそうな場所がいくつか。座ってしまうと、岩から降りるには、一つ動作ではいかない。座った状態で全ての道具が手に届くように工夫しながら並べて行く。

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今回は、いつものように沢山の道具を運んでくることが出来ないのはわかっていた。ルクラからタンボチェの道の様子がわかるに連れ、カトマンズでの準備も慎重になって、着替えや身の回り品を減らして、パックの重量を下げて来た。

いつもはボードに貼って描かれる絵も、今回はそのボード自体省略する方法を試さねばならない。上質なパルプを使ったかなり厚めの紙ならば、乾燥時に平滑面を取り戻すだろう。そういう紙は値段もいい。ただ、ここは妥協のしようがない。

絵の具を溶くカップも大きさに限界がある。これにはアートレッスンで使ってるカップを準備した。準備したのだが、カトマンズで道具を整理して来た時に、うっかり忘れてしまった。そのことに気づいたのがルクラから飛行機が飛び立つあの朝の空港だった。

「あー、また、私らしいミスをしてしまった。」
そうやって、天を仰いでる私を、ジュン君は静かに見ていた。

ちょうど、待合所の一角にあるコーヒーショップのエスプレッソの紙カップが適度な大きさだった。二人で3杯ずつ飲めば、6色分は集まる。エスプレッソは一杯200ルピー。6杯で1200ルピーか。高い絵の具皿になる。

無理やりジュン君にも苦いエスプレッソを飲んでもらいながら、今日も飛ばなかったらあのカップを忘れないようにしなきゃ、などと考えていると、ジュン君が水飲み場に備え付けられているプラスチックカップを5つ持って来てくれた。

「これで、どうにかならないかな。」
「ありがとう。すこし、ちいさいけど、うん。これでいこう。」

あのとき、「すこし、ちいさいけど」なんて、言うんじゃなかった。この岩場の上に、ちょうど7色並べることが出来た。これ以上大きなカップなら、置く所がなかっただろう。声は届かないけど、ありがとう、ジュン君。

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折りたたみ式のボウル、雑巾、丈夫な段ボール板。最低限の道具を並べながら、岩の上が即席のアトリエになって行く。

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紙に水を浸す。もう、この天空の光を絵が吸い込み始めるのが見える。いつものように手が勝手に動き出す。すごい情報の滝が落ちてくる。今日、できることのガイダンスが始まる。用意しないといけない絵の具、濃さ、仕上げ作業の有無、トリミングの指示、カレンダーにするときの注意点。天空からすごい速さでの指示がダイレクトに私の意識に来る。

対応出来なそうな指示には、いつも、申し訳ないが、今の私では出来ませんと伝える。

私に命令を下す存在は、いったいどこのだれなのだろう。肉体を持たない存在なのはわかるが、時に、はっきりと声を感じる時もある。

そして、かなり容赦無く厳しいことを言う。しかし、指示は明確だ。時間をかけて、ネチネチと何かを積み重ねさせるようなこともしない。

どのようなバランスで色が響き合えば、地球で学ぶ真摯な魂たちに、必要な愛が伝わって行くか、彼は完全にわかっているのだ。私が私情を挟みさえしなければ。

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この山の上で調整された私の体を、彼も使いやすく感じているようだ。テンポよく、絵が育っていく。ガイダンスに従って、1月から12月の絵に、必要なエネルギーを重ねていく。こうして絵を描いている間、私は、ほとんど何も考えず、しかし、様々なものごとの本質が、透けるように見えている。

どれだけ人間が表面的な嘘を追いかけて、虚構が大好きで、本当のことから目をそらしながら生きているか。それでも、少しずつ大切な何かに気付きながら、これからの人間社会が、どれほど無限の可能性を秘めているか。宇宙が、ひとりひとりの意識の反映として、どれほど多様な幻影をつかってレッスンを展開しているか。

ああ、なんて完璧なこの宇宙だろう。

どこにも、対立する二極性はなく、むりやりで一元的な善すらなく、ありのまま、愛と光に満ちた、絶えざる現象。宇宙。

もっともらしい言葉に絡め取られ、右往左往する人々。
それすらも、愛おしくて。

あなたはどこから来て、どこへ帰るのか。
あなたは目に見えるものを追って、何をあの宇宙へと持って帰れると言うのか。

見てごらん。この宇宙で、あなたがなした理由のない愛だけが、重なって、星になっていくのを。その愛だけが、永遠の価値を生み出しているのを。

だれのためでも、なんのためでもないんだよ。愛であること。それだけが存在の理由なんだから。


気がつくと、岩の周りに何枚かの絵が広がって、キラキラと太陽を浴びていた。

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「スゴイデスネー!」

急に、日本語が時空を現次元に引き戻す。むこうから若い僧侶が二人やってくる。

「ニホンジンデスカ? 君が描いているの?すごくキレイだね。
僕らはこれから、山にキノコを探しにいくんだ。みんなの晩御飯のためにね。キノコ。おいしんだよ!」

覚えたての日本語と、あとは英語で、やけに人懐っこい彼が嬉しそうに話しかける。

「そうだよ。私が描いている。私の仕事だからね。キノコみつかるといいね。見つかったら見せてね。」

そんな話をして、彼らは道すらない山のなかへと消えて行った。

なんて気持ちのよい時間だろう。今、育ちつつある絵は、2015年の日々を照らしてくれるはずだ。カレンダーに縁のある人たちの日々を。その先にいる人たちの日々を。

目に見えないものを感じる心を、閉じ込めてしまった、寂しい人たちに、もう一度、世界に希望をもつ勇気を与えてくれるはずだ。

だんだん、あたりが白くなっていく。
私自身が、雲のなかの存在になっていく。
朝はあんなに晴れていたのに、もしかしたら、もう、エベレストは隠れてしまったのかもしれない。

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もう、絵は完成間近だ。それぞれの絵が、毅然として私に指示を出す。

「圭、鮮やかな黄色だ。そして、フレッシュグリーンも。そんな淀みはいらない。ラインだ。緩やかな、あのスパノバのざわめきのように、十分な中身を伴った碧だ。」

「お前の星の弦楽器のように、すずしさを残したターコイズを!けっしてシニカルになるなよ。私たちに難解さは不要だ。けっして、地球人の批評家に隙を与えるな。判断させる暇などなく、あの黄道十二宮をわたる惑星の軌道のように、美しく舞うのだ。」


私は、彼らの大げさな指示にはなれている。いちいちまともに相手にはしない。私の技量は限られている。出来ることをなすだけだ。

一枚づつ、絵たちが静かになる。もういいよと言っているのだ。

岩をおりて、草原に絵を並べ、一枚づつ、話を聞いていく。

時間がおわっていく。

岩の上で、天を仰ぎ、懐かしい存在といろいろ話をしていた。
こういうのを、テレパシーというんだろうな。


「あなたたちとこうして話せること、嬉しく思います。」

だんだん、体をもった人間に戻っていく。先ほどまで何もかも見通せてたような感覚も、薄れていく。

ジュン君はちゃんと帰ってくるだろうか。麓まで現金はもつかな。絵はおり曲がらずにもって帰られるのだろうか。

そもそも、私はこの先、どうやって生きていくのだろう。何一つわからない。

そう。わからないことだらけだ。

ただひとつ、わかっているのは、生きている限り、私は生きているということ。
生きている限りは、輝く以外にないということ。

先ずは、道具をまとめよう。パッキングしよう。
太陽が、真上だ。

僧侶たちが戻ってくる。

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「マイフレンド!キノコひとつしか見つからなかった!」

彼らは手に松茸のような大きなキノコをもっていた。

「そうか。しかし見つかって良かったね。僧院のみんなが喜ぶんじゃないかな。」

「うん、マイフレンド。しかし、この紙、良さそうな紙だね。一枚くれないか。」

「ああ。そうだね。いいよあげるよ。一枚1000ルピーくらいするんだけどね。」

「一枚が?そんなに?」

「うん。だから、タンカを描く膠で処理した布の代わりになるよ。いい絵を描いてくれる?」

「もちろん。こっちのマイフレンドは、絵を描くモンクなんだ。」

「それじゃあ、ちょうど良かった。ためして見てね。」


彼らの僧院のなかには、素晴らしい仏画がたくさん復元されている。それらは近代的な絵の具も使われていて、海外からの多くの技術協力と寄付によって保全されていると絵の脇のプレートに書いてあった。

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いい絵が、生まれますように。


彼らは、見慣れない私の絵を見て、「綺麗だ。」と、何度もつぶやいていた。


雲が、すべてを隠していく。
荷物はまとまった。ロッジへと帰ろう。

旅の目的が、果たされた。