ロッジに戻る。今日は、私以外にはあと一組。ドイツ人の中年女性とそのガイドだけだった。私は彼らに断りを述べて、空いてる机に絵を並べ、きちんと乾かしていこうとする。
「まあ、キレイ。なんだか、人智学のシュタイナーのワークショップで体験したような・・。」
まさかここで、シュタイナーの名前を聞こうとは思わなかった。
そう。たしかに、こんな風に水にとかした絵の具をつかう絵を、一般に「シュタイナー学校」と呼ばれる「自由ヴァルドルフ学校」の系統の場所では子供達に描かせる。
彼女は、シンガポールに住んでいて、大使館でのイベントでそのワークショップを体験したという。
「なにか、描いていてすごくハーモニーを感じたから、よく覚えてるんです。この絵をみてると、その時の感覚が蘇るわ。」
シュタイナーが水を多用した絵を授業でつかったのには、いろいろなわけがある。色自体のエネルギーを、水の中に開放させること、塗り重ねられた色には、人間の悟性が働きすぎて、アートから受け取れる光の高さに限界を与えてしまうこと。
若い頃に私が学んだ内容は、今も、生きている。ここでその名前を聞けたことは、私淑してきた恩師に労われたような感覚だった。
「でも、なにか、その時とは違う。なんだか、そう 。ナイス。」
言葉はいらなくて、彼女がリラックスしている様子だけで十分だった。彼女は、高山病になりかけていた。無理をしないで、そのまま静かにしてもらおう。
私は、肩の荷が下りていた。
「ご主人。『チャン』はありますか。」
チャンのというのはこの地方独特の米どぶろくのことだ。
「チャンですか!ありますよ。少しあっためて飲みますか?」
なんとなく、こういうところがありがたい。
晴れていたとはいえ、6時間ほど外で絵を描いていたので体は冷えていたのだ。チャンのアルコール度数は高くない。それでも、その白い液体をすすると、全身が緩やかになっていく。ああ、おいしい。宿の主人のすすめで杯を重ねること三つ。ちょうどよい心地だ。
あたりを散歩する。
すっかり山は隠れてしまった。
あの時間だけだったのだ。
ジュン君はどこかであの姿を見られただろうか。
ロッジにシャワーはない。私はタオルを濡らして、部屋で裸になり全身をぬぐう。
道具をだして、パッキングしなおす。
「オープンハート」を開いて、読み始めたころには、眠りについてしまった。