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旅のはじまり

2012年02月26日

3月8日からの東京アートレッスンのリンクは文末にあります。

愛するみなさんこんにちは。

前回はいきなり2003年1月に閉じた旅のエピローグから始めてしまいました。そうして月日は流れ、2010年の晩秋、世話になったイギー・タラニアが亡くなったとの知らせが入りました。

私も私なりに福岡で生活をしていて、そのときすぐに飛んで行ける状態ではありませんでした。それでも、いつまでもそのままにしておくわけにもいかず、去年の夏頃から飛び立てるタイミングを探していました。

PapuaFlower

少しずつ見通しが立って来た頃、周囲にもその予定を話していると、一人の青年が同行したいと申し出てくれました。

彼は小倉淳くん。阿蘇で自作自農の生活を目指して、今は知人から任された栗園を管理しています。園の手入れがおそくまでかかる時は車中泊だったり、野宿だったり、ニューギニアの村の生活にもすぐ適応出来そうな資質をかんじました。

旅が近くなると、どこからとも無く、かつてのニューギニア関係の知人から連絡が入るようになりました。情報が拡散したのではなく、ただ、直感に導かれて、思いつきで連絡が通じて行った感覚。まるで、パプアニューギニアの精霊達がどこかでいたずらして、私たちをつないでいるようでした。

そうして、飛行機や船、宿泊先やタイミングなどが落ち着いて、出発の日を迎えました。

淳くんと二人、福岡から成田へ、成田で5時間ほど待って、エアーニューギニーというパプアニューギニアの航空会社の直行便で夜中の太平洋縦断です。

懐かしいピジン語。ニューギニア人のゆったりとした動作。飛行機の中から少しずつ昔の感覚に戻って行きます。

彼の国には20年以上、PNG(パプアニューギニアの略)の教育政策に関わる仕事をつづけ、PNG人の奥さんとお子さんとともに暮らしている伊藤明徳さんという友人がいます。

私は彼の助けもあって、彼の国への留学が叶いました。
そして、今回も早朝の空港へ私たちを迎えに来てくれました。

もちろんその前には、のんびりとした事務手続き、「急ぐ・あせる」という事をしらないPNG人の所作により、長い行列のなかで心穏やかにあるレッスンを体験させられます。そう、この感覚。徐々に私の中のねむっていたもう一つの自分が目を覚まそうとしています。

「圭さん、おかえりなさい。ポートもレスビーは昨日まで激しいサイクロンの影響で、木がなぎ倒され、大規模停電が起き、海では船が沈没し、屋根や壁が吹き飛んだところもあります。しかし今日はよく晴れていますね。」

日本に帰ってから知ったのですが、このフェリー沈没のニュースは世界に発信されていたそうです。そして、正に沈没した船の航路は私たちが村へと渡る途中どうしても通らないといけない海峡でした。

ともかく私は首都にすむ伊藤さんと、イギーの妻、リマ(つまり私の母親)に会い、淡々とした再会の時間を過ごしました。

「ケイ、船が出るかどうかはわからないよ。ゴロカにいるガブリエルには連絡をしたし、村のみんなにもケイが来るって言うのは伝えた。だけど、フィンシャーフェンからシアシ島のラブラブまで、フェリーが動かないんじゃ村からボートで迎えに行く事だって出来ない。ここから飛行機でレイまで行くつもりだろうけど、行き先をキンベに変更してそこから乗り合いバスとボートを乗り継ぐ方法もあるけど、この波じゃあね。」

「リマ母さん、わかってるよ。でも、とにかくレイに行くよ。そこでガブリエルと落ち合おう。まあ、帰りの飛行機まで2週間あるんだ。最悪でも、イギー父さんのお墓の前に一時間でもいれたらいいさ。それに今回の旅は始まる前からずっとイギー父さんがそらから見守ってくれている感じがする。きっとどうにかなるよ。」

「そうね、それはそのとおりだわ。まあ、私もほんとは全部大丈夫ってわかってるんだけどね。とにかく、無事に村についたら連絡ちょうだいよ。心配なんだから。」

今、パプアニューギニアでは携帯電話が普及しています。とはいえ、日本の携帯とは少しちがって、とても安価でシンプルな携帯の本機を買い、それにSIMカードを挿します。料金はすべてプリペイド式のカードなので、決まった住所や口座をみんなが持っているわけではないこの国でも、比較的容易に携帯を持つ事が出来ます。

私も旅の最中の連絡用にさっそく一台手に入れました。いつも電気があるわけでも、プリペイドカードがあるわけではない村からはなかなかかけられなくても、タイミングがよければこちらからかける事は出来るかもしれません。

そうして私たちはレイに向かいました。ガブリエルとも連絡がつき、久しぶりに兄弟との会話が弾みます。しかし、嫁さんと子供の都合で月曜日にレイまでくだる事が出来なそうだと言います。私もレイからいつ船出できるか分からないので、まあゆっくり来てくれと告げて電話を切りました。

レイについて、空港から街まで、先ずここでPMV(パブリックモータービークルの略:認可された乗り合いバスの事)を探して乗らなければなりません。ぼったくりと、ひったくりと、車の安全性を見極めて。堂々とした調子でピジン語を話し、ポッと出の観光客ではない事を分からせたら、大体うまくいきます。一年中、国中を旅していたころの感覚が蘇ってきます。

ガブリエルがこないとなると、親戚筋の家に泊まるのが難しくなります。今、PNGは今、天然ガスの資源開発で小さなバブル期を迎えつつあり、都市のホテル代金が急騰しています。ベットがあって、トイレとシャワーが部屋の中にあって、セキュリティーがしっかりしてる部屋に泊まろうと思うと、安くても一部屋4万くらいはザラなのです。

何泊レイで待つ事になるのか分からない私たちにそんな余裕はありません。バスの中でドライバーと話し、壊れかけててもいいので安そうな宿を見つけます。どうにか一泊一部屋4000円で、トイレとシャワーが共同の宿を見つけました。淳くんは床で寝るからここでいいよと言ってくれます。

やっと、荷物を降ろし、この先のプランを練る事が出来そうな場所を得られました。電話帳を借り、村に行くルートを探すためあちこちに電話します。飛行機で一番近い滑走路までいくことも検討しましたが、片道30万円くらいかかりそうです。小型ボートでフェリーが沈没した海峡をわたるのも、請け負ってくれる人がどこにもいなそうです。

だめを承知で、事故をおこした船会社に電話をします。受付嬢は型通りの英語で型通りの応対をし、話しになりません。英語からピジン語に切り替えて、ちょっと話すと責任者にかわってくれます。

「あんたピジン語上手ねえ」
「うん、かつてこの国の大学生だったからね。ところで、シアシ島に行く週一の定期船だけど、今週は出ないの?」
「出るわよ。今日の夕方。18:00。」
「なに?今日なの?そっか、今日か。そっか、それで、レイからキンベ、そしてラバウルに向かう例の航路は?」
「そのラインが、事故をおこしたのよ。再開はまだ協議中。今週は結論はでないでしょうね。」
「そっか、それで、シアシから帰りの便は?」
「来週の木曜発。それもまだ確定じゃないわ。もし今日の便に乗るんなら、港の事務所まで来て、アンはいるかって尋ねなさい。」
「わかった、僕はケイだ。これから向かうからね。」

LeaOceanSunset

今回の旅、ガブリエルは同行できなくなりそうです。
彼に電話をしても通じません。きっと電源もお金も切れたのでしょう。
3人子供がいると昨日は言ってたっけ。
いつも、いろんな事を教えてくれた、旅のパートナー。
イギー父さんは、今度は一人でくるんだぞって言っているのかな。

今日は、このあたりで。

どうぞ、続きも楽しみにされて下さい。

今日も宇宙に満ちる愛とともに。
ワールドピース


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