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道のりは遠く

2012年02月27日

愛するみなさん、こんにちは。

パプアの旅の続きです。さて、昨日はどうにかレイからフェリーに乗れるようになったところまで、でした。このレイという港町は「Lae」と綴り、なぜか日本では「ラエ」と呼ばれます。しかし、現地の人は「レイ」と発音するので、わたしはレイと呼んでいます。

パプアニューギニア地図


レイから船で行っても、帰りの船がレイから首都のポートもレスビーまでの飛行機に間に合いそうにありません。帰りは、ニューブリテン島を北上し、キンベの近く、ホスキンスからの国内線で首都に帰るほうが確実そうです。

さあ、そうなると、帰りの飛行機の便の予約変更が必要になります。
一息ついたのもつかの間、エアニューギニのオフィスに行って、どこかのお店で最低限の食料と水を買わなければなりません。

チェックインしたばかりの宿は、クレジットで支払ったために、払い戻しが出来ません。押し問答をしながら、受付の娘と会話が成立し、市内移動するために宿のドライバーを手配してくれる事になりました。

エアニューギニのオフィスでは、「急いでいる」などという言葉はなんの意味も持ちません。ただ、椅子に座って順番を待ち、手続きが始まっても、のんびり、彼女がタイプし終わるのを待つしかありません。

私がそうやってじりじりとしてるころ、淳くんは車の中でドライバーと待っています。彼はピジン語はもとより、英語も苦手です。それでも、ジェスチャーと物をつかってなんとか話していました。やはり、彼はこの旅の同伴者に相応しい。

無事、路線の変更ができて、あとは買い出しですが、もう時間が迫っています。マラリヤの薬や、村のおじさん達へのビール等、あきらめてビスケットや水だけを買います。

ルスラーンシッピングのオフィスへはいって、階段を上がりながら「アピヌーン」と挨拶すると、「ケイ?どうぞあがっておいで」と、アンの声がします。どっしりと重そうな体をゆらして、貫禄のあるおばちゃんが、チケットを用意していてくれました。私は旅の行程を話しながら、この海域の波の状態等を聞きました。

準備は万端ではありませんが、さあ、出発です。

船の名前は「モマセ・エクスプレス」船が行き来する「モロベ州・マダン州・セピック州」の頭文字をとった名前です。かつてと同じように、二階にずらりと並べられた二段ベットのなかから淳くんと私で二つの場所を占有します。事故の影響で乗客は定員の半数以下でした。

淳くんは、海に沈む夕日を何時間も見つめていました。
それは、かつて私が始めてこの船に乗った時の様子と同じ。
こうして、いよいよ日本から、街からはなれて行きます。
人のいない森が、海辺が、まだこんなに地球に残っている。
そこは、精霊達のすむところ。私がそっとしておきたいところです。

一晩波に揺られ、やはり船は揺れました。しかし船足が軽いことも安全運行につながったようでした。

早朝、シアシ島につくと、浜にはディンギー(屋根なし小型ボート)が並んでいますが、キラゲ村のある対岸の島、ウエストニューブリテンから来ているボートはなさそうです。港に入り、電波の通じた携帯に、リマから連絡が入りました。

シアシ島

「ケイ、村の連中とは連絡がとれたけど、迎えのボートは波でだせなかったようよ。今、そのモマセ・エクスプレスの船長が親戚筋だってわかったから、ケイの事をちゃんと見るように連絡だけはとれたわ。あとはそっちでうまい事やりなさい。」

オッケー、かあさん。それだけやってくれたら十分です。私は早速、船長を探し、向こうも分かったみたいで、ディンギーの事を尋ねます。船長は手短に腕のいいスキッパー(小型ボートの船長)を紹介して、あとは自分で交渉してくれとのこと。久しぶりの旅で、私は第二案を聞かずに彼に決めてしまいました。

ディンギーに荷物を詰め込み、彼はまずすぐそこの自分の村に乗客を降ろし、遠出するだけの燃料を準備するからといって、船を出します。

ひさしぶりのモーターボート。なあに、波はそんなにきつくないじゃないかと思いながら、浜辺の景色を楽しみます。

彼の村につき、交渉開始です。

「ここからキラゲまで、俺は海の道はわかってる。波は高いがそれは大丈夫だろう。まだ朝だ。そんなに荒れていない。ガソリンは往復24ガロン。最近では燃料が値上がりしちまって、それと船賃をあわせて1000キナ(キナはPNGの通貨。1キナは約40円)だ。」

「1000キナ?」
「そう、1000キナだ。」
「・・・。日本円で払ってもいい?」
「そんなこといったって・・こんな田舎じゃ交換出来ないし・・しかも俺は日本円が本物かどうかわからないぜ?」

正直言って、私はこのボートの金額を予測していませんでした。旅の記憶は蘇らず、またレイでの準備も万端ではなかったので、そこまで現金を準備していなかったのです。しかし、旅を終え今調べても、やはり以前より随分高くなっていたようです。

リッター換算すると、約リッター360円と言ったところでしょうか。これも後から分かった事ですが、街ではリッター150円程度で、島嶼部、遠隔地では倍というのが定着してしまったようです。

彼自身、ガソリンを他の村人から買うわけで、ぼろ儲けしてるわけではありません。しかし1000キナがない。ここで、道は閉ざされるのでしょうか。そもそも、今回の旅の予算計上が随分変わってくる計算です。

これで村に行ったとしても、このガソリン価格では、手持ちの日本円を換金出来たとしても、帰りの分がありません。

しばらくスキッパーと二人無い智慧をしぼっていると、一人の村人が、

「あのマレーシア人のやってる伐採会社のアカウンターならどうにかしてくれるかもしれないぜ!なんかお前より年下そうだし、似た肌の色をしてるよ!」

と、いいだしました。根拠の無い自信に満ちた笑顔が光ります。

こうなったら、他に道はありません。その伐採業者の所にディンギーを走らせることにしました。

浜辺につくと、裸になった大地がその褐色の肌を太陽にさらしています。
こわれたブルドーザーが横倒しになったまま錆び付いて、その奥には青々としたジャングルが広がり、マレーシア風のフラットがその境に立っている。長い列をつくっているのは、土地の権利を主張して対価をもらおうとする、地元住民です。

これが、パプアニューギニアの一つの顔です。他国の企業に資源を切り売りしながら、大局的な未来が描けないでいる国。

彼らは、そうやってやってくるアジアの伐採業者にも、アブラヤシのプランテーションにも、鉱物資源の採掘業者にも、かつては日本の軍隊の基地にも、親切で手助けさえして受け入れてきました。

一人の旅人がそんな事にどうのこうのと判断をはさむものではありません。今はただ、彼の助けが必要で、私は長い列をさえぎり、その若い会計士に声をかけました。

彼は英語もピジン語もよくわかったので、話しは早く、本部の許可を得たらほんのすこしの手数料をのせて、換金してくれると言いました。

その、返事が来るのならば。

よくみると、同じフェリーに乗っていてすこし話しをした警官がフラットの脇にたっています。

「ここの警備をいわれててな。まあ詳しくはなすことではないよ。それより見な、白波が立って来てる。どうやらお前達も今日はここに足止めだな。」

浜辺からしばらくはリーフ(珊瑚礁)が続きます。その外縁で波は砕けるのです。そして、その先に目をやると確かに白いものがみえる。

私はただ微笑んで、返事を待つ間、浜辺や空き地を散歩する事にしました。

今日はこのへんで。
また、よかったら旅の続きをおたのしみください。

今日も宇宙に満ちる愛とともに。
ワールドピース


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