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インド旅行記5

2016年03月09日

スケールの違いで、同じ物が全く違った表れ方をするのをご存知ですか。たとえば、地球。宇宙からの画像でみる地球は、とても青く、有機的で、美しく調和しています。大気圏からの視点にスケールを移すと、幾何学的な都市の造形が見え出し、そこには人間の思考が見て取れます。さらに、スケールを地上に戻すと、そこには見慣れた人間の姿があり心も感じられます。

 

2016_India20160220200712 (異国の地で国営放送のインタービューを受けるのも、あるスケールの地球のワンシーン)

 

この見慣れた感覚から自分を解き放ち、様々なスケールで物事を捉え直すことを楽しむ時間は、人生を豊かにします。

 


アートや旅はその機会をたくさん与えてくれます。

街の喧騒から離れて、レネアの滝を見に行く機会がありました。

 

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そこは、何億年も前の巨大な火山の火口で、純粋な花崗岩が切り立った地形をつくりだしていました。

 

わたしは、時間のスケールをこえて地球と人々のつくりだした文明を旅します。空間にも時間にもスケールを縦断する想像の旅をするには、いくつかのコツがあります。20年ほどかけてわたしが会得したコツを今日は特別にお伝えします。準備ができている人には、有用だと思います。

「大まかにみる心。先人たちが調べてくれた情報をある程度は集めておく知恵。一つのスケールに止まらないこと。ディティールを想像すること。重箱の隅をつつくような思考が動き出したら、想像の旅を一度手放すこと。目の前の事物を、同じ想像力をもってみること。その想像の素晴らしさを十分に体験しながらも、決してとらわれず、新たな視点の可能性をいつも開いていること。」

そうやって、乾期ですっかり干上がった滝壺をながめ、地球と、インドの大地としばし会話を楽しみます。

「偉大なるイリュージョン」

そういう声と笑い声が聞こえてきていました。

 

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地球の上で、さまざまな営みがあり、さまざまな文化が生まれ、色とりどりのそれらが、混じり合って、いくつものレイヤーが重なるようにして、新しい絵になり、拡散し、消え去り、また、生まれ。

古代においてインド、そして中東で生まれたものが、洗練され、薄められて、今、私たちが住んでいる列島に届いていく様子が感じられます。
わたしは、現代的な材料をつかって絵を描いていますが、そこにある美意識は、伝統的なものかもしれないと思っています。材料や技法が伝統的であることで、日本特有の絵画を生み出すことも大切ですが、技法や材料がかわっても残り続けるなにかがあるならば、それは、本質的なものかもしれない。そういうチャレンジがわたしの制作のなかにあります。

その美意識にのなかに、遠い遠い昔、インドから届いてきたなにかも、今のわたしの絵のなかに流れているのかもしれません。

今回、わたしが展示していたのはこの4点の絵画でした。

 

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先入観なく絵と出会ってもらい、絵の前で長く立ち止まるひとに話しかけて、すこし感想を聞きました。戸惑いよりも、絵から受け取られる美しさの感覚を素直に話してくれる方がとても多かったことが印象的でした。

そして、驚いたのは、ある記者の方が、短くインタービューをさせてくれと言われ、わたしはなにも説明していないのに、「瞑想についての考えをお聞かせください」と質問されたことでした。絵だけをみて、それが、瞑想によって得られる感覚を背景にしていると、理解してくださったわけです。

インドには、健全な精神文化がいまも実際的に息づいている。そう感じる一瞬でした。

しかし、わたしはまだこのとき、思い出せないでいた一つの言葉をぼんやりと感じていて、なにか釈然としない心地だったのです。

それは、また次回。

今日も、宇宙に満ちる愛とともに。

ワールドピース!

インド旅行記4

2016年03月08日

「突然だけど、ステージでプレゼンテーションをしてくれないか。」
 
2016_India20160223112818 (アシットはニューヨークでも個展を開くインドでは著名な画家)

 

インドのアシットがそう言います。会期がはじまってすぐのことでした。



周りのアーティストは「そういうことは、事前に言ってないと。」

と反応していましたが、逆に事前に言われたら準備せざるをえなくなり、負担だったことでしょう。
翌日、わたしは世界的な視点で美術についてなにがしかを聴衆に話すことになりました。

マレーシアのレジデンスに参加していたメンバーたちには、「圭の英語の話は、わかりやすい。」
という認識になっているようです。

結果、その場にいた記者も、その日の話を新聞の一面に書いてくれたし、
講演を聞いたメンバーたちは「今回のイベントを意義あるものにしてくれたよ。」
と、言ってくれました。

すこし、その時はなした内容を思い出してみなさんにもお伝えしようと思います。

 

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インターナショナルアーティストのグループを代表して、
インドの皆さんにお礼を申し上げます。
今回は素晴らしいイベントにお招きいただいてありがとうございます。
まずは、わたしたちのメンバーを紹介します。(それぞれに名前を呼ばれ、挨拶。)
アジアを中心として、草の根のアーティストの交流がこのように育ちつつあります。
これも、未来の文化への芽かもしれません。

さて、今日は「遠近法」ということをテーマに話そうと思います。

先日デリーの近代美術館を訪れ、近代以降のインドの美術の流れを概観することができました。
とても重厚で、エネルギッシュであることが、その特徴の一つでしょう。
また、ここへきて多くの国内作家の作品を見ることができ、そのクオリティーの高さを知りました。
そして、わたし個人の視点ですが、共通してみられる特徴として、霧のような無限空間が
たびたび表れる要素だと思いました。これはわたしの絵にもみられる特徴なのですが。

霧の向こうに消えていく世界。
これは、しかし、実は、東洋の絵画にも特徴的な共通点です。

西洋の絵画は、中世に「遠近法」という発明をしました。
この発明によって、よりリアルに、平面の中に3次元空間を描けるようになりました。
遠近法には「消失点」があります。
この「消失点」をもった遠近法は、近代まで東洋の国々の絵画にはあらわれませんでした。

中国の絵画も、日本の絵画も、文化的、技術的に潜在的にはインドの影響をうけています。
それはとても間接的であっても、つながっています。
そして、その東洋的な絵画は、西洋的な遠近法の消失点はもっていなくても、
雲や霧の中にかすむ、消失点をもっています。

misty (ちょうど舞台背景のデザインも、霧がかったグラデーション効果をつかっていたので、それを例に説明する。)

このような消失点の先には、なにがあるでしょうか。無限の宇宙があります。

西洋の絵画は、二次元のなかに、三次元を再生しました。それは素晴らしいことです。
しかし、東洋の絵画は、二次元のなかに無限を見せることが出来ていたのです。

今、わたしたちは新しい時代を迎えています。美術に西も東も国境もありません。
現代美術という感覚で見たときに、人間が提示できる美への感覚に境界はかつてほど重要ではありません。
わたし自身は、現代的な感覚の絵を描いていますが、その絵のテーマは「宇宙からの愛」です。

平面のなかにある、無限への消失点を通じ、わたしたちは宇宙を思うことができます。
想像力は自由です。絵の力にさそわれて、わたしたちは今、宇宙から地球をみていると想像できます。

ここからみると、地球では、相変わらず、人々が、楽しんで、ときに争って、苦しんで、泣いて、それでも、今も生きています。わたしたちはここから、そこへ、愛を送ることもできる。

アートの持つ可能性は無限です。
同じ根を持ちながら、遠い世界を生きている、わたしや他のアジアの国々の作家たちがこの国にきて交流することから、新たな革新もおきるかもしれません。
無限への遠近法をわたしたちはもっと生かすことができるのです。
新しいアートを。愛の時代のアートを。

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話のあと、日本画の伝統やタンカ、曼荼羅についての質疑応答もありました。
花束をうけとり、壇を降りると、多くの人が駆け寄ってきて、とても心に響いた、分かりやすかった。などと声をかけてくれました。わたしはいつものように、天に任せただけで、自身も、話の内容を聞いている感覚だったので、あらためて、わたしを使ってくれている宇宙の存在の素晴らしさを体験しました。

新聞にも載った影響か、わたしの作品を見に来る人は多く、見ていると幸せな感覚になる、瞑想をしている時のような感覚だ、ただ、美しい。など、日本で皆さんがおっしゃってくれるのと、同じ言葉を、素直にかけていってくださいました。

宇宙はかつてわたしに、絵を通して今の時代に愛と光をつたえなさい。世界にそれを広げなさいといわれました。

その使命の旅は、いまだ遥か遠く、方法もわかりません。
ただ、淡々と描いて、機会があれば、こうやって発信し続ける。
その繰り返しです。その繰り返しの中でも、シニカルな発信の多い美術という分野の中で、愛と光を海外で発信し、それを、理解してもらえたことは、大きな喜びでした。

わたしのいう愛はセンセーショナルなものではありません。
静かで、どこにでもいつもある、存在の背景のようなものです。
人間はそれをわすれがちだから、あえて絵で伝えたい。

その夜も、伝統舞踊のステージは続き、わたしは夜中まで見ていました。

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リグ・ヴェーダや、ラーマ・ヤーナという言葉が解説で出てくるたびに、わたしはシュタイナーの本の中で繰り返し出てきた単語として、その事を思い出していました。
ただ、整理されない情報としてそのときはあったのですが、たびの終わりには今日の講演や、それらの事が一つに結びついていくのでした。

それは、また、後の記事で。
それでは、また。
今日も宇宙に満ちる愛とともに。

ワールドピース!

インド旅行記3

2016年03月07日

「自分を何ものかに固定化してしまって、そこから対象をみるのは本当の自由ではありません。
何ものでもない自分へとたちかえり、ただ目の前にあるものを何の先入観もなく見るとき、目の前の対象は宇宙の英知を開示します。」

これは、わたしが未来の自分のために書き留めていた言葉です。

旅をするときに、ずっとこのような視点をもてたらどんなに素敵でしょう。

とはいえ、インドの雑踏のなかで、各国のアーティストたちと一緒にわたしも群衆の一部。
ときに、彼らと同じように感じ、彼らと同じように見ている。
今は「日本から来たアーティスト」という役。

それもまた、旅情です。

例えば、こんなことがあります。

イベントの間、すべての食事は主催者から支給されるのですが、政府が支給できるのはベジタリアンメニューだけだそうです。ハラールへの配慮なので しょうね。

わたしは普段からそれになれているので、嬉しかったのですが、参加者によっては、途中から疲れてしまったようでした。そんなとき「今日はカフェで たべない?」と誘われたら、一緒にキングフィッシャーという少し甘めのビールを一緒に楽しむ。そんな柔軟さで、共にいる人々と同じように感じてみるのも楽しい時間です。

私はといえば、最後まで、毎日違ったスパイスの味わいを楽しめて幸せでした。

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カジュラホーに行く前に、タージマハールへ立ち寄り、その大きさと壮麗さに触れました。

これは、ムガル帝国のシャー・ジャハーンが、妻のためにつくらせた霊廟。

どれだけの財産と、人の努力がそこにあるのか。
天文学的なスケールを感じることもできれば、宇宙のなかの小さな人間の営みの一つと見ることもできます。

視点を固定化しないとき、見えてくる何かがある。
冒頭に挙げた言葉がうかんできます。

タージマハールの背景にはイスラムの教えがあって、偶像崇拝を忌避する感覚から、そこには一切、人の形をした彫刻はありません。
ただ、この造形も宇宙観を表しているといいます。

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目的地の世界遺産はそれと対照的です。

とても硬い岩をこれほど精巧に彫る人間の技に驚かされます。

カジュラーホー寺院群(10~12世紀)は男女の性的結合を神聖なものとするミトゥナ造形で有名なので、「愛の(カーマ)方程式(スートラ)」 (4~5世紀)と結びつけられて宣伝されており、公式ガイドと名乗る人も、そのように話します。

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わたしはどこかそれに釈然としないで寺院をスケッチしていたのですが、そのもやもやも、またこの旅の終わりには解決されるのでした。それは、また 後の記事で。

皆で食事をしていると、その寺院群にからめ、イタリア人のジョゼッペが、自分の女性遍歴をたのしそうに話します。

それを穏やかな笑顔で聞いていたネパールのビノッドが、歩き出しながら「圭、ああいう話は、聞くにとどめるのが最善だね。」と穏やかにいいます。

私たちは寺院群の芝生に一緒にすわり、遠くから眺めスケッチをする。彼は美しい絵をわたしにくださいました。

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ベトナムから来た彫刻家の女性、ラップは、「このエロティックな群像をみるのが、今回の旅の大事なことなの」といって、一緒にみて歩いていまし た。たくさんの神々と、人間たちが、誇り高く、凛として、愛し合っている群像が、果てしなく続く世界。そうして、遠くからそれをながめるとき、わたしには宇宙的な視点が感じられます。「こうして離れてみるこの建築が、とても印象的だね。」そういうと、彼女も「本当に。」と応えていました。

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宇宙とはなんだろう。生きている私たちは、宇宙にとってどんな存在なのだろう。そんな問いかけと、そのことへの議論は、おそらく思考という機能を 持ったときから何万年も続いているのでしょう。そして、だれもが納得するそれへの答えは見つかりません。

夜になると、毎晩、寺院前のステージでインド各地の舞踊団が自慢の踊りを見せてくれます。世界中から多くの観光客が集まっているので、英語での説明も交えます。とても広大な宇宙観を背景にそれを擬人化して表現している。インドほど多くの宗教を生み出してきた場所はないのかもしれません。それぞれ、少しずつ違うのでしょうが、ブラフマン、シバ、ビシュヌなどは繰り返し表れてくる名前で、なにか漠然と同じ背景をもっているのを感じます。また、毎晩見ていると、なぜか、そこにあるエッセンスが、日本の能の舞台の底流にあるものと重なって行きました。

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いったい、これはなんなのだろう。と不思議な感覚を感じながら、わたしは深く思考することなく、ただ、日々の刺激の中を泳いでいた。そのときはまだ、そういう感覚でした。

今日はここまで。

読んでくださったのならば、ありがとうございます。

今、新しい何かがはたらいて、3月末からの個展の作品が仕上がりつつあります。
宇宙からの愛が、あなたにとどくように。

インド旅行記2

2016年03月05日

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今回の旅の目的は、世界遺産のカジュラーホー寺院群があるところで40年間続いている伝統舞踊祭での美術展に招待作家として参加することでした。

伝統舞踊祭は政府主催で行われていて、そのなかで、毎年美術展も開催しているとのこと。限られた予算のなかで、工夫してなにか文化的なことを人々に提供したいという努力が伝わってくる催しでした。そのなかで、海外の作家を選び展示するのは今年はじめての企画だったそうで、いろいろと手探りの企画だったようです。

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政府主催の割にはいろんなことが大雑把で、始まってから企画をたてたり、突然ステージで私がプレゼンテーションをすることになったり。それでも、地元の新聞に名前がのったりして、なんでもありなインドの気質の一面を感じることができました。

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私の英語は、旅のなかで身につけたもので、アカデミックなものではありませんが、その時のプレゼンで話したことは、多くの人の心に届いたようで、私にとっても新しい経験でした。

ビザの申請や、チケットの手配など、12月ごろから準備をはじめ、夜中にたどり着いたデリー。そこから、夜行列車でカジュラーホーへ。インドの友人作家から、「夜行列車の運賃は政府が出すけれど、余裕があるなら、国内線で来た方がいいかもよ。」と脅かされていたので、すこしドキドキしましたが、三段ベッドの車両で、アーティスト仲間だったので、いい旅情が味わえました。

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混沌とした国のなかで、いろんな国の仲間たちが助け合いながら目的地を目指す旅は、ワールドピースを具現化していると感じます。

私は、インドまで聖典をもとめて旅をした玄奘のことをなぜか思い出しながら、21世紀の小さな人間としてこの旅を味わっている自分を不思議に思いました。

肉体の旅と、精神の旅と。

日本にいるときと、本質的には同じです。

このとき私は気づいていませんでしたが、結局、この旅で私は精神の忘れ物をとりにいっていたのでした。

また、その話を書きとめていきます。

今日も読んでくださってありがとうございます。

インド旅行記 1

2016年03月04日

 

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愛する皆さんこんにちは

インドへの旅から帰ってきました。
インドへ行くのは初めてでした。今回はイベントに招かれていくのだから、すべて自分の計画で進むわけではありません。ただ、必要な出会いがそこにあると信頼して出かけました。

一言でインドといってもとても広大な場所で、人々も様々です。
今は世界第二位の人口を誇る国です。そしてとても古い歴史をもっている。
まるで万華鏡のように、一瞬一瞬違う姿を見せるのがインドかもしれません。

 

様々な国のアーティストが、自分の作品をかかえてあつまり、一週間のあいだ、
同国のアーティストたちと交流をふかめ、インドの文化と触れあいました。
ある者は国からの支援をうけ渡航し、ある者は企業のスポンサーをうけて訪れ、
ある者は私と同じように自分の貯金をはたいて、ここに集まりました。

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アジアの国々を中心としたアーティストのコミュニティーが、
このような交流を通じて、少しずつ育っています。

それぞれが全く違う環境で制作しながらも、こうやって出会うことで、
同じ時代を生きる地球人として、共通することや、独自性をあらためて認識するよい機会だとおもいます。

これから、数日、間をおきながら、写真をまじえインドの旅行記を届けてまいりたいと思います。

また、3月11日からは福岡でのアートレッスンもあり、
宇宙の叡智をお届けします。
ご興味のある方は、是非、ご来場ください。

八坂圭の福岡アートレッスン2016年3月

3/11.12.13 金〜日

それぞれ、3枠、合計9枠開講します。一回5名さままでとなっております。

朝・10:00-12:00
昼・13:30-15:30
夕・17:00-19:00
金曜日の夕の回のみ、18:30-20:30

こちらから、予約状況がご覧になれます。
https://goo.gl/HYs4vU

ホームページもリニューアルし、
アートをつうじて、愛と光のバイブレーションをこれからも沢山とどけたいと思っています。

http://yasakakei.com/

いつも、うけとってくださってありがとうございます。

今日から、熊本の山の中でまた制作の時間です。

それでは、また。

今日も宇宙に満ちる愛とともに。
ワールドピース!

初夏の便り・ネパールの支援

2015年06月02日

愛するみなさんこんにちは。

 

6月になり、陽気はますます力を増して、場所によってはすでに夏を感じる日々ですね。

 

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目の前には青々とした植物たちの放つエネルギーにあふれています。

 

この時期、そんな木々を目の前にして耳を澄ますと、特別な音楽を奏でているのに気付きます。

 

それは直接、耳に聞こえるわけではありませんが、生命のリズムと、宇宙の調和が私たちとのアンサンブルを試みようとしているので、高い感受性のなかで、音楽として生まれていくのです。

 

 

 

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私たちは日常を生きる一人一人でありながら、日々の中に、そのようなアートの種を見つけることのできるクリエイターでもあるのです。

 

世界を見渡すと、本当にさまざまな現象が起きていますね。
ネパールも、前回の圭通信をお送りしたあとにもう一度大きな余震に見舞われました。

 

日本でもマグニチュード8以上の地震や噴火が相次いでいます。

 

地球も一つの生命で、生きて、変化を繰り返していきます。
私たちはその命の一部で、この星の成長に関わっている。そう実感しながら日々過ごしています。

 

これから、ますます、高い次元での調和を感じるアートの必要性が高まっていくでしょう。

 

それは、食べることも、着ることもできませんが、私たちに希望の光を予感させる不思議ななにかを持っているからかもしれません。

 

私が生み出すものも、その一部であればいいなと、笑顔で思っています。

 

ネパールの地震の際に、私とヒマラヤの縁をつないでくれたラマさんがチャリティーイベントを開催しました。

 

ラマさんは20年以上、福岡でネパール料理店を営んできました。
私がネパールを訪れるとき、カトマンズに住むお兄さんを紹介してくださり、旅の拠点を得ました。

 

お兄さんもラマさんも若い時に福岡に留学していて、一方は福岡にのこり、一方は国に帰ったのです。

 

そんな縁もあって、ラマさんのお店でカレーとアートのチャリティーイベントが実現しました。

 

共通の友人である、山本香苗さんという女性が中心となり、クリスタルボウルの演奏や、ギターや歌を楽しんでいただく企画を立ててくださったのです。

 

そのイベントに私は一点の絵画を架けて、あの美しいヒマラヤの波動を感じてもらおうと思いました。

 

もし、その絵に興味をもってオーナーになってくださる方がいたら、代金はすべてチャリティーにしようとラマさんと話しながら。

 

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ネパールへの募金は世界中から集まっていますが、なかなか隅々にまで届かないことが報道もされています。
直接、草の根のレベルで、村や小さな集落に支援を届けていくことも必要なのかもしれません。

 

ラマさんは、母国から日本に留学している若者とともに、ある村に直接寄付金をもって届けることにしたそうです。
日本では考えられないような低予算で、コミュニティースクールが再建できるそうです。

 

チャリティーイベントには三日間で300人近い方が参加してくださり、多くの寄付が集まりました。
そして、私は現場に立ち会えなかったのですが、私の絵をどうしても購入したいという方もあらわれたそうです。

 

絵を通じて、私もまとまった支援が出来ることになりました。

 

今日の時点で、寄付金は70万円を超えたそうです。ラマさんはフェイスブックなどを通じ、会計を明確に開示しています。この夏、コミュニティースクールの再建を応援しに自ら現地にむかいます。

 

アートが社会に奉仕できる一面が、このように表れることもある。
一例として、皆さんにお伝えさせていただきました。

 

今月のカレンダーは月刊はかたの表紙としてもつかわれています。
もし、皆さんのなかに、カレンダーを通じての縁を思い、ラマさんのプロジェクトに協力してくださる方があれば、下記に募金用の口座を記しておきますので、ご協力ください。

 

ゆうちょ店番748
口座番号 17490ー26313151
LAMA CHANDRA BAHADAR

 

私は制作の日々の中、宇宙から私にとどく調べも少しずつ変化しているのを感じ、絵も少しずつ変わっていっているのを感じています。

 

7月7日からは福岡で個展があり、また、9月23日からは、六本木で新しい作品をお見せできるでしょう。

 

八坂圭個展
7月7日(火)~12日(日)
11:00~19:00
(最終日 17:00まで)
ギャラリー風 2階
福岡市中央区天神2丁目8-136 新天町北通り
TEL 092-711-1510
artwind@outlook.com

 

すこし違った角度で世界をとらえてみると、いたるところに幸福のチャンスが隠れていることに気づきます。

 

皆さんが、その優秀な能力をいかして、どんな状況の中でも自らを笑顔にすることが出来れば、地球という生命は、新しい時代を生き生きと生きだすことでしょう。

 

やはり、愛は無限の可能性をもっています。
その源は、あなたのなかにあります。

 

さあ、今日も、美しさを見つけましょう。

 

宇宙はいつもあなたを愛しています。

 

それでは、また。

 

今日も宇宙に満ちる愛とともに。
ワールドピース!

 

イメージすることの大切さ・新春の挨拶にかえて

2015年01月17日

愛するみなさんこんにちわ。

新しい年がはじまりました。そして西日本では梅がほころび、すでに一月も半ばです。新春のお慶びを申し上げます。

もし、興味をもって圭通信をよみ続けて下さっているなら、本当にありがとうございます。あなたに、感謝です。

(まだ登録されてない方はこちらから。)

私たちは一人一人が生活者でありながら、同時に、宇宙全体の運営も担っている光の保持者でもあります。
これは、誰か特別な人だけがそうであるわけではなく、誰もが平等に担っている役割です。

それは、一方で、とても大きな責任でもありますが、一方で大きな希望でもあります。

どんな意識で日々を過ごすか。それがその人の置かれている環境にも影響を及ぼし、ひいては、世界、そして宇宙の状態にも関わってきます。

仮にそうだと認識してみると、どんな感覚が体験できるでしょうか。

一緒にイメージしてみてください。

今、目の前に2つの別れ道があります。

一方に、目の前であなたを日常の繰り返しに縛り付ける様々な事象があります。

もうひとつは、あなたも知らないあなたの中の光の源にしたがった自由な想像の世界です。

あなたが頭の中で何をイメージするか。それはまったく自由です。

もし、尻込みするようなら、自由のイメージの道へと自らをすすめることを思いとどまるのも自由です。

準備ができたらなら、明るく広大な道を選んでイメージの世界を体験しましょう。

このような時間をわざわざとることを子供じみた遊びだとはとらえずに、自信をもって楽しんでみてください。

今のままのあなたがいます。
つい、まわりと比較してしまったり、まだ起きていないことを、確定していない要素をもとに思い悩んだり。

けれど、いまイメージの中で、そのありのままのあなたが喜びにあふれ、不満が感謝へと置き換わっていきます。

なぜか、そうなのです。

そうして、そのイメージの世界は美しく輝きだします。あなたを取り巻く事象が変化していきます。
そう、今、イメージの中であなたは世界を照らす希望です。

楽しんでください。

年末の福岡アートレッスンにも多くの方がご参加くださいました。
レッスンでは、イメージを受け取ってから絵を描くことの楽しさをお伝えしています。

絵の中なら、イメージ体験と描き出される世界との関連をわかりやすく体験できます。

しかし、実際の生活の中では実感しにくいという声も聞きます。

現代を生きる私たちにとって、日々の生活はあなたの手になるアートです。
どんなアートを生み出すか。そのスタイルやクオリティーを他人の手にゆだねてしまうのは勿体ないことなのです。

さまざまなイメージにあふれた現代は、しらずしらずあなたのイメージ世界を侵食する情報が溢れています。

今、もう一度目を閉じて、あなた自身のイメージ世界をとりもどしましょう。

そこに存在しているすべてが分かち合い、愛し合って、満たされている世界を。

その世界であなたは何をしていますか。

わたしには想像もつかない仕事を、旅を、恋を、献身を、和解を体験されていることでしょう。

その体験をむなしいものと思わないでください。

あなたのそのイメージの体験は、すでに日々というアートを描き始める一筆になっているのだから。

大切なのは、イメージを作り出そうとするのではなく、考えるのではなく、想起するままの波のような世界を、風に任せ、潮にまかせ、軽やかな意思をもって、受け止めていくことです。

さあ、航海をするのはあなたです。

素晴らしい未来を創造してください。そうやって、また一年、私たちは人類に与えられた素晴らしい能力を新たに学び取るのです。

日々起こることは、すべて宇宙からのメッセージです。
宇宙は、気づくと気づかざるとにかかわらず、私たちに最善のメッセージを送り続けています。

時に私たちはそれに気づき、時に見逃します。

いえ、ほとんどを見逃しているのです。

私がこの文章を書いている目の前で、たくさんの雨粒が窓をたたいています。その一つ一つに、かけがえのないメッセージが含まれている。

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しかし、私は、その意味することを咀嚼できない。だからといって、そこになにか大事なことが隠されていない理由にはなりません。

目の前の出来事を、どんなスケールの意識でうけとるか。
それが、私たちに気づきをもたらすか、日常的な意味でだけとらえ、茫洋とした意識の海へただようかの分岐点になります。

この圭通信が、きっかけになる人もいれば、窓を垂れる雨粒と同じだけの役割しか与えない人もいます。

愛も、輝きも、目の前に無限にあり、受け取るのはあなたです。

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レッスンや個展の時間では、そのことを実感してもらえるように今年も精進していきます。

生きているかぎりは、新しいことにチャレンジするのも自由なのだから。

六本木では二回、福岡でも二回の個展。
東京で二回のレッスンと、福岡では三回のレッスンを今年も予定しています。

また、近日中に詳しい日程をお知らせできると思いますので、是非、体験されてみてください。

耳を澄ますと、冬の冷たい雨が、少しずつ音楽に聞こえてきました。わたしにも、雨粒のメッセージが開示されるのかな。

それでは、また。

今日も宇宙に満ちる愛とともに。
ワールドピース!


ネパール旅行記 13

2014年08月02日

旅を終えて、あっという間に二週間が経とうとしている。

子供たちは夏休みで、わたしも家庭のことや日常のことと、制作に向けての準備との間で相変わらずいそがしい。

こうして、旅の記録をまとめるのも、大切な仕事のひとつだった。

あの旅の最後のころの日々を思い出している。

(スワヤンブナートからカトマンズ市内を眺める)

(スワヤンブナートからカトマンズ市内を眺める)


カトマンズについて、インドラ・ラマさんのご自宅にお世話になって、毎食美味しいものをいただきながら、自分の体が思ったよりも痛んでないことに気づいた。

腰痛も、膝の痛みも、特に感じない。ジュン君がかつて習っていたというヨガの中から、腰や腹に良さそうな動きを教えてくれる。それを続けていたせいだろうか。いつもならしつこく私を襲う痛みが、今はないのだ。

それどころか、少し、体が軽く感じられる。
適度な運動が、体を目覚めさせたような感覚だ。

(ブッタナートのカフェにて。意外にもイリーのエスプレッソが飲める)

(ブッタナートのカフェにて。意外にもイリーのエスプレッソが飲める)


ラマさんは、最初、私がここに来た当初よりも、日本語が自然に出てくるようになっている。ずっと喋る機会がないと、言語は錆び付いてくるものだ。私も、日本語と英語を交え、ラマさんといろんな話をするのが楽しくなってくる。

ジュン君は、ラマさんの次男のよい遊び相手になっていた。彼のように若くて、自分の生き方として農業をめざすのは、珍しいんですよ、とか、しかもその彼が独身なんですよ、とか。

また、今度はベースキャンプまで登れるように、いい作物をつくって、よいお客さんに恵まれて、お金をためて、旅行してくださいね、などと。

英語を喋らない彼でも、気持ちはこうして通じるものですね、とか。

英語を喋らないといえば、ポーターのゴニッシュという青年が、何を聞いてもイエスと答えるので、私は面食らいましたよ、なんて話をしていると、ジュン君が、

「いや、でもね。俺と二人で歩いてる時、俺がなんか川に入ろうとしたんだよね。そしたらさ、ゴニッシュ、『Don’t!』って言ったんだよ。だから、イエス以外も言えるんだよ。」

と、淡々と教えてくれた。

私とラマさんは、その事で、ずっと笑っていた。
翌日になっても、笑っていた。

山の中の川は、どこも激流で、激流でなくても、激流に続いていて、絶えることのない水の営みだった。そこに、ジュン君は入ろうとしたんだね。

(ガンジスへと続く石灰を含んだ激流)

(ガンジスへと続く石灰を含んだ激流)


(山の中はいたるところに流れがある)

(山の中はいたるところに流れがある)


そして、ゴニッシュにイエス以外の言葉を言わせたんだ。大したものだ。

私のまわりには、すばらしくマイペースな人々が集まっているのかもしれない。
思い悩むことはない。皆、生きている限り生きているのだ。だれと比べるために生きているのでない。生きている限り、自分が『良し』と思えることを、十分に生きたらそれでいい。

(エドモンド・ヒラリーとともにエベレスト初登頂を成し遂げたテンジン・ノルゲイを記念するストゥーパ。二人はネパールの近代史と発展に貴重な役割を果たした。)

(エドモンド・ヒラリーとともにエベレスト初登頂を成し遂げたテンジン・ノルゲイを記念するストゥーパ。二人はネパールの近代史と発展に貴重な役割を果たした。)


今年もすばらしいカレンダーの原画を宇宙からいただいた。
これを、皆さんのお部屋をよりここちよくするように、丁寧に扱い、レイアウトしてお届けするのが私のお仕事だ。また、ここで受け取った大きな光をアートとして形にし、それに出会う人の精神が磨かれていくのを手伝うのも私の役割だ。

私を知って、そこに大切な光があることに気づいた人は、そこにある光を自分の友人に、知り合いに知らせていくことが、宇宙の中での役割だ。

とはいえ、人々がそれをどう捉えるかは、まったくわからない。そしてどう捉えていただこうと、私は光の発信を継続するだけだ。

そうやって、結局は、ある宇宙的な響きが、世界に広がっていく。

愛と光の時代はそうやって作っていくのだ。宇宙との共同作業で。





今回の、長い長い、圭通信。最後まで読んでくださって本当にありがとうございます。
今回は、反響の返信メールも沢山いただきました。いつも、一方的に私から活動のお知らせや、日々の雑感をお送りしていますが、こうやって、反応をいただくと、とても励みになることも、良くわかりました。ありがとうございます。また、配信不要のお知らせも何通かいただきました。メールが不快な場合はどうぞ遠慮なく仰ってください。それも大切なコミュニケーションです。ありがとうございます。

今回の旅の写真は、こちらで公開しています。Facebook上のアルバムですが、Facebookを利用していない方でもご覧になれるよう設定しています。

ネパールアルバム1
ネパールアルバム2
ネパールアルバム3

また、10月には六本木個展、年末にはカレンダーの販売と、いろいろ告知させていただくとは思いますが、どうぞ、今後ともかわらぬ応援をよろしくお願いします。

今日も、宇宙に満ちる愛と光とともに。
ワールドピース!


P.S. そしてこちらが、今回の旅のきっかけを下さった、福岡のラマさん。福岡にネパールの味を伝えて下さってます。皆さんも、一度、ご賞味あれ!

(私がチャンドラ・ラマです!)

(私がチャンドラ・ラマです!)


エベレストキッチン
福岡県福岡市中央区赤坂1丁目9−1
092-721-5503

ネパール旅行記 12

2014年08月01日

「あ、あれ、タティじゃない?」

ジュン君が山道の向こうの人影を見つけてそう言う。

結局、私は日の沈む前にタンボチェのロッジで寝てしまった。早朝、ジュン君の声で目が覚めた。彼らはロブチェという集落までいって昨夜のうちに帰って来たという。氷河は見られなかったらしいが、きっと、さらに一歩、山にちかいところまでいって、なにか彼にしかわからないものを感じ取ってきたのだろう。

2014__Nepal0250

今日のうちにモンジョまで辿り着きたい。明後日はルクラに泊まっていないと、その翌朝のカトマンズへのフライトに間に合わないのだ。もちろん、順調に飛んだとしてなのだが。

夜のうちに戻ってきてくれていたおかげで、ゴニッシュと3人で早めの出発がかなった。私の体調も考えて、ゴニッシュにモンジョまでは付いて来てもらうことにする。

帰り道は下りなのだから、ずいぶん早く進むのではないか。そう思っていたが、集落があるごとに、道は山谷を繰り返す。下っているような登っているような、思ったよりもペースは上がらない。ゴニッシュは、相変わらず、近所の公園でも散歩するかのように、手をジーンズのポケットに突っ込んで、飄々と歩いている。

もうすぐ、ナムチェバザールが見えてくるかな。そう思っていた頃、ジュン君がタティーを見つけたのだ。

「あら、あなたたち!やっぱり、また会えたわね!」

陽気な彼女の声が、少し疲れた私たちの表情を明るくしてくれる。
結局、今日の朝までナムチェにいて、これからようやくベースキャンプ方向へと歩き始めるのだという。旅がおわって、日本に帰ってから知ったのだが、結局、高山病の兆候を感じ取って、彼女は途中で登山を中止する。時には、あきらめるというのが大切な勇気を示すことになる。無理をしなかった彼女は賢明だ。

「あなたたちがいて、いい旅になったわ。3人で一緒に写真撮りましょう。」
「こちらこそだよ。三人並ぶと、すごく目立つ3色だね。」

2014__Nepal0254

タティーだけでなく、この帰り道で、いろんな旅人にあった。
ほとんど荷物ももたずに、一人だけで世界中を旅してる64才のベルギー人。世界一周するんだといって、タイ近辺でうろうろしながら近郊に旅行している、若い日本人カップル。のんびり、おしゃべりしながら、目的地を定めずに女友達と二人で楽しそうなオーストラリアの中年女性。

みなそれぞれの山の道を楽しんでいる。

本当にいろんな国から、いろんな価値観の人が。みんなみている世界が違う。世界最高峰の意味も違う。ただ、ひとつ。あの場所はこの星で一番宇宙に近いということ。その事実だけは首肯せざるえない。

ナムチェまで着く。ナマステロッジでランチを頼む。
ゴンバの祭りで一緒にいった家族が、おかえりなさいと言ってくれる。

ここまでおりて来ただけで、ずいぶん俗っぽい感じがする。
あの、タンボチェの時間とは、肌触りが違う。

靴紐をといてくつろぐと、様々なことがタイミングよく流れた数日だったのがわかる。それは、旅の終わりまで続いた。

ナマステロッジから、帰りの飛行機のリコンファーム(予約再確認)をする。ルクラの職員の名前と携帯番号を聞いていたので、話は早かった。

このあたりから、すっかりリラックスして歩いていたように思う。
高度がさがって、雲に覆われることも減ってくる。青空が時折のぞく。

世界が美しい。

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その日は、どうにか暗くなる前にモンジョにたどり着き、ゴニッシュと別れ、久々の温かいシャワーにありつけた。そして、翌日は本当にゆっくりと歩き、日がくれて雨が降り出した頃になってようやくルクラにたどり着いたのだ。

そして、ルクラの入り口で、私が携帯番号を控えていた航空会社の職員が待っていた。

「明日の我が社の便は欠航になった。それでも、他社の便がもし飛ぶようなら、君たちをそちらに振り替える手続きを僕がする。追加料金はいらない。もし、他社が飛ばなかったとしても、明後日は我が社のフライトがある。それでもダメな時は、ヘリもあるし、帰国便には間に合うようにするから、心配するな。」

そう告げるために、ここで待っていてくれたらしい。雨の中。ただし、状況が流動的なので、空港から一番近いロッジに泊まってくれと頼まれる。予算の問題もあるし、部屋を見てからだ、とも思ったが、あまり選択権はなさそうだ。彼の指示に従って「ホテルネスト」に泊まることになる。

「エベレストを肉眼で見られましたか。この時期に。そりゃあお客さんたちラッキーですよ。私も以前はガイドをしてたんですがね、スイスからきたお客さんをこの雨季のころに40日ほど案内したんですが、一度だってエベレストを見ることは出来ませんでした。しまいにはお客さん、私に怒り出しちゃってね。しかし、私に言われてもねえ。」

そういうこともあるだろう。とにかく、私たちはラッキーだったのだ。天の導きに感謝するしかない。私の人生自体、ラッキーだけを資本に生きているようなものだ。日々、感謝以外に出来ることなど何もない。

すこし匂う客室のホテルネストに、もう一泊するのはどうもな、などと考えながら、6時台の一便のフライトが飛び去り、数機が着陸し、離陸していくのを横目で見ながら、10時ごろにやっと空港に来てくれと、例の職員から連絡が入る。

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こうして私たちは、ルクラを飛び立ち、昼頃、カトマンズに戻ることが出来た。これも後から知ったことだが、結局、翌日も、翌々日も、ルクラから飛行機は飛ばなかったらしい。おかげで私たちはカトマンズの市内観光も出来て、カトマンズで見られる世界遺産はすべてまわれた。

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17日には、帰国便も予定通り飛んで、福岡にたどり着く。これまた後から知ったことだが、当初予定していた14日発の便は、上海で止まってしまっていた。もし、その便だったら、上海のホテルに二泊することになっていただろう。それは今回の旅のモードにも、旅の予算にも似合わない。

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他にもいろいろとタイミングがギリギリで大丈夫になることがあった。ルクラにたつ前に用意したルピーもほとんどなくなっていた。

17日の夕方から、約27時間。ひたすら、ぼーっとしていたように思う。

福岡に戻って、そのままの足で私は息子と一緒に近くの温泉にいって垢を流した。
ジュン君はさっそく農作業があるといい、その足で熊本へ帰る。

タフだ。

なんにせよ、無事に帰ってこられた。その感覚が夜を支配していた。

ネパール旅行記 11

2014年07月31日

ロッジに戻る。今日は、私以外にはあと一組。ドイツ人の中年女性とそのガイドだけだった。私は彼らに断りを述べて、空いてる机に絵を並べ、きちんと乾かしていこうとする。

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「まあ、キレイ。なんだか、人智学のシュタイナーのワークショップで体験したような・・。」

まさかここで、シュタイナーの名前を聞こうとは思わなかった。

そう。たしかに、こんな風に水にとかした絵の具をつかう絵を、一般に「シュタイナー学校」と呼ばれる「自由ヴァルドルフ学校」の系統の場所では子供達に描かせる。

彼女は、シンガポールに住んでいて、大使館でのイベントでそのワークショップを体験したという。

「なにか、描いていてすごくハーモニーを感じたから、よく覚えてるんです。この絵をみてると、その時の感覚が蘇るわ。」

シュタイナーが水を多用した絵を授業でつかったのには、いろいろなわけがある。色自体のエネルギーを、水の中に開放させること、塗り重ねられた色には、人間の悟性が働きすぎて、アートから受け取れる光の高さに限界を与えてしまうこと。

若い頃に私が学んだ内容は、今も、生きている。ここでその名前を聞けたことは、私淑してきた恩師に労われたような感覚だった。

「でも、なにか、その時とは違う。なんだか、そう 。ナイス。」

言葉はいらなくて、彼女がリラックスしている様子だけで十分だった。彼女は、高山病になりかけていた。無理をしないで、そのまま静かにしてもらおう。

私は、肩の荷が下りていた。

「ご主人。『チャン』はありますか。」

チャンのというのはこの地方独特の米どぶろくのことだ。

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「チャンですか!ありますよ。少しあっためて飲みますか?」

なんとなく、こういうところがありがたい。

晴れていたとはいえ、6時間ほど外で絵を描いていたので体は冷えていたのだ。チャンのアルコール度数は高くない。それでも、その白い液体をすすると、全身が緩やかになっていく。ああ、おいしい。宿の主人のすすめで杯を重ねること三つ。ちょうどよい心地だ。

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あたりを散歩する。

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すっかり山は隠れてしまった。

あの時間だけだったのだ。

ジュン君はどこかであの姿を見られただろうか。

ロッジにシャワーはない。私はタオルを濡らして、部屋で裸になり全身をぬぐう。
道具をだして、パッキングしなおす。

「オープンハート」を開いて、読み始めたころには、眠りについてしまった。