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インド旅行記 1

2016年03月04日

 

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愛する皆さんこんにちは

インドへの旅から帰ってきました。
インドへ行くのは初めてでした。今回はイベントに招かれていくのだから、すべて自分の計画で進むわけではありません。ただ、必要な出会いがそこにあると信頼して出かけました。

一言でインドといってもとても広大な場所で、人々も様々です。
今は世界第二位の人口を誇る国です。そしてとても古い歴史をもっている。
まるで万華鏡のように、一瞬一瞬違う姿を見せるのがインドかもしれません。

 

様々な国のアーティストが、自分の作品をかかえてあつまり、一週間のあいだ、
同国のアーティストたちと交流をふかめ、インドの文化と触れあいました。
ある者は国からの支援をうけ渡航し、ある者は企業のスポンサーをうけて訪れ、
ある者は私と同じように自分の貯金をはたいて、ここに集まりました。

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アジアの国々を中心としたアーティストのコミュニティーが、
このような交流を通じて、少しずつ育っています。

それぞれが全く違う環境で制作しながらも、こうやって出会うことで、
同じ時代を生きる地球人として、共通することや、独自性をあらためて認識するよい機会だとおもいます。

これから、数日、間をおきながら、写真をまじえインドの旅行記を届けてまいりたいと思います。

また、3月11日からは福岡でのアートレッスンもあり、
宇宙の叡智をお届けします。
ご興味のある方は、是非、ご来場ください。

八坂圭の福岡アートレッスン2016年3月

3/11.12.13 金〜日

それぞれ、3枠、合計9枠開講します。一回5名さままでとなっております。

朝・10:00-12:00
昼・13:30-15:30
夕・17:00-19:00
金曜日の夕の回のみ、18:30-20:30

こちらから、予約状況がご覧になれます。
https://goo.gl/HYs4vU

ホームページもリニューアルし、
アートをつうじて、愛と光のバイブレーションをこれからも沢山とどけたいと思っています。

http://yasakakei.com/

いつも、うけとってくださってありがとうございます。

今日から、熊本の山の中でまた制作の時間です。

それでは、また。

今日も宇宙に満ちる愛とともに。
ワールドピース!

初夏の便り・ネパールの支援

2015年06月02日

愛するみなさんこんにちは。

 

6月になり、陽気はますます力を増して、場所によってはすでに夏を感じる日々ですね。

 

海

 

目の前には青々とした植物たちの放つエネルギーにあふれています。

 

この時期、そんな木々を目の前にして耳を澄ますと、特別な音楽を奏でているのに気付きます。

 

それは直接、耳に聞こえるわけではありませんが、生命のリズムと、宇宙の調和が私たちとのアンサンブルを試みようとしているので、高い感受性のなかで、音楽として生まれていくのです。

 

 

 

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私たちは日常を生きる一人一人でありながら、日々の中に、そのようなアートの種を見つけることのできるクリエイターでもあるのです。

 

世界を見渡すと、本当にさまざまな現象が起きていますね。
ネパールも、前回の圭通信をお送りしたあとにもう一度大きな余震に見舞われました。

 

日本でもマグニチュード8以上の地震や噴火が相次いでいます。

 

地球も一つの生命で、生きて、変化を繰り返していきます。
私たちはその命の一部で、この星の成長に関わっている。そう実感しながら日々過ごしています。

 

これから、ますます、高い次元での調和を感じるアートの必要性が高まっていくでしょう。

 

それは、食べることも、着ることもできませんが、私たちに希望の光を予感させる不思議ななにかを持っているからかもしれません。

 

私が生み出すものも、その一部であればいいなと、笑顔で思っています。

 

ネパールの地震の際に、私とヒマラヤの縁をつないでくれたラマさんがチャリティーイベントを開催しました。

 

ラマさんは20年以上、福岡でネパール料理店を営んできました。
私がネパールを訪れるとき、カトマンズに住むお兄さんを紹介してくださり、旅の拠点を得ました。

 

お兄さんもラマさんも若い時に福岡に留学していて、一方は福岡にのこり、一方は国に帰ったのです。

 

そんな縁もあって、ラマさんのお店でカレーとアートのチャリティーイベントが実現しました。

 

共通の友人である、山本香苗さんという女性が中心となり、クリスタルボウルの演奏や、ギターや歌を楽しんでいただく企画を立ててくださったのです。

 

そのイベントに私は一点の絵画を架けて、あの美しいヒマラヤの波動を感じてもらおうと思いました。

 

もし、その絵に興味をもってオーナーになってくださる方がいたら、代金はすべてチャリティーにしようとラマさんと話しながら。

 

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ネパールへの募金は世界中から集まっていますが、なかなか隅々にまで届かないことが報道もされています。
直接、草の根のレベルで、村や小さな集落に支援を届けていくことも必要なのかもしれません。

 

ラマさんは、母国から日本に留学している若者とともに、ある村に直接寄付金をもって届けることにしたそうです。
日本では考えられないような低予算で、コミュニティースクールが再建できるそうです。

 

チャリティーイベントには三日間で300人近い方が参加してくださり、多くの寄付が集まりました。
そして、私は現場に立ち会えなかったのですが、私の絵をどうしても購入したいという方もあらわれたそうです。

 

絵を通じて、私もまとまった支援が出来ることになりました。

 

今日の時点で、寄付金は70万円を超えたそうです。ラマさんはフェイスブックなどを通じ、会計を明確に開示しています。この夏、コミュニティースクールの再建を応援しに自ら現地にむかいます。

 

アートが社会に奉仕できる一面が、このように表れることもある。
一例として、皆さんにお伝えさせていただきました。

 

今月のカレンダーは月刊はかたの表紙としてもつかわれています。
もし、皆さんのなかに、カレンダーを通じての縁を思い、ラマさんのプロジェクトに協力してくださる方があれば、下記に募金用の口座を記しておきますので、ご協力ください。

 

ゆうちょ店番748
口座番号 17490ー26313151
LAMA CHANDRA BAHADAR

 

私は制作の日々の中、宇宙から私にとどく調べも少しずつ変化しているのを感じ、絵も少しずつ変わっていっているのを感じています。

 

7月7日からは福岡で個展があり、また、9月23日からは、六本木で新しい作品をお見せできるでしょう。

 

八坂圭個展
7月7日(火)~12日(日)
11:00~19:00
(最終日 17:00まで)
ギャラリー風 2階
福岡市中央区天神2丁目8-136 新天町北通り
TEL 092-711-1510
artwind@outlook.com

 

すこし違った角度で世界をとらえてみると、いたるところに幸福のチャンスが隠れていることに気づきます。

 

皆さんが、その優秀な能力をいかして、どんな状況の中でも自らを笑顔にすることが出来れば、地球という生命は、新しい時代を生き生きと生きだすことでしょう。

 

やはり、愛は無限の可能性をもっています。
その源は、あなたのなかにあります。

 

さあ、今日も、美しさを見つけましょう。

 

宇宙はいつもあなたを愛しています。

 

それでは、また。

 

今日も宇宙に満ちる愛とともに。
ワールドピース!

 

イメージすることの大切さ・新春の挨拶にかえて

2015年01月17日

愛するみなさんこんにちわ。

新しい年がはじまりました。そして西日本では梅がほころび、すでに一月も半ばです。新春のお慶びを申し上げます。

もし、興味をもって圭通信をよみ続けて下さっているなら、本当にありがとうございます。あなたに、感謝です。

(まだ登録されてない方はこちらから。)

私たちは一人一人が生活者でありながら、同時に、宇宙全体の運営も担っている光の保持者でもあります。
これは、誰か特別な人だけがそうであるわけではなく、誰もが平等に担っている役割です。

それは、一方で、とても大きな責任でもありますが、一方で大きな希望でもあります。

どんな意識で日々を過ごすか。それがその人の置かれている環境にも影響を及ぼし、ひいては、世界、そして宇宙の状態にも関わってきます。

仮にそうだと認識してみると、どんな感覚が体験できるでしょうか。

一緒にイメージしてみてください。

今、目の前に2つの別れ道があります。

一方に、目の前であなたを日常の繰り返しに縛り付ける様々な事象があります。

もうひとつは、あなたも知らないあなたの中の光の源にしたがった自由な想像の世界です。

あなたが頭の中で何をイメージするか。それはまったく自由です。

もし、尻込みするようなら、自由のイメージの道へと自らをすすめることを思いとどまるのも自由です。

準備ができたらなら、明るく広大な道を選んでイメージの世界を体験しましょう。

このような時間をわざわざとることを子供じみた遊びだとはとらえずに、自信をもって楽しんでみてください。

今のままのあなたがいます。
つい、まわりと比較してしまったり、まだ起きていないことを、確定していない要素をもとに思い悩んだり。

けれど、いまイメージの中で、そのありのままのあなたが喜びにあふれ、不満が感謝へと置き換わっていきます。

なぜか、そうなのです。

そうして、そのイメージの世界は美しく輝きだします。あなたを取り巻く事象が変化していきます。
そう、今、イメージの中であなたは世界を照らす希望です。

楽しんでください。

年末の福岡アートレッスンにも多くの方がご参加くださいました。
レッスンでは、イメージを受け取ってから絵を描くことの楽しさをお伝えしています。

絵の中なら、イメージ体験と描き出される世界との関連をわかりやすく体験できます。

しかし、実際の生活の中では実感しにくいという声も聞きます。

現代を生きる私たちにとって、日々の生活はあなたの手になるアートです。
どんなアートを生み出すか。そのスタイルやクオリティーを他人の手にゆだねてしまうのは勿体ないことなのです。

さまざまなイメージにあふれた現代は、しらずしらずあなたのイメージ世界を侵食する情報が溢れています。

今、もう一度目を閉じて、あなた自身のイメージ世界をとりもどしましょう。

そこに存在しているすべてが分かち合い、愛し合って、満たされている世界を。

その世界であなたは何をしていますか。

わたしには想像もつかない仕事を、旅を、恋を、献身を、和解を体験されていることでしょう。

その体験をむなしいものと思わないでください。

あなたのそのイメージの体験は、すでに日々というアートを描き始める一筆になっているのだから。

大切なのは、イメージを作り出そうとするのではなく、考えるのではなく、想起するままの波のような世界を、風に任せ、潮にまかせ、軽やかな意思をもって、受け止めていくことです。

さあ、航海をするのはあなたです。

素晴らしい未来を創造してください。そうやって、また一年、私たちは人類に与えられた素晴らしい能力を新たに学び取るのです。

日々起こることは、すべて宇宙からのメッセージです。
宇宙は、気づくと気づかざるとにかかわらず、私たちに最善のメッセージを送り続けています。

時に私たちはそれに気づき、時に見逃します。

いえ、ほとんどを見逃しているのです。

私がこの文章を書いている目の前で、たくさんの雨粒が窓をたたいています。その一つ一つに、かけがえのないメッセージが含まれている。

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しかし、私は、その意味することを咀嚼できない。だからといって、そこになにか大事なことが隠されていない理由にはなりません。

目の前の出来事を、どんなスケールの意識でうけとるか。
それが、私たちに気づきをもたらすか、日常的な意味でだけとらえ、茫洋とした意識の海へただようかの分岐点になります。

この圭通信が、きっかけになる人もいれば、窓を垂れる雨粒と同じだけの役割しか与えない人もいます。

愛も、輝きも、目の前に無限にあり、受け取るのはあなたです。

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レッスンや個展の時間では、そのことを実感してもらえるように今年も精進していきます。

生きているかぎりは、新しいことにチャレンジするのも自由なのだから。

六本木では二回、福岡でも二回の個展。
東京で二回のレッスンと、福岡では三回のレッスンを今年も予定しています。

また、近日中に詳しい日程をお知らせできると思いますので、是非、体験されてみてください。

耳を澄ますと、冬の冷たい雨が、少しずつ音楽に聞こえてきました。わたしにも、雨粒のメッセージが開示されるのかな。

それでは、また。

今日も宇宙に満ちる愛とともに。
ワールドピース!


ネパール旅行記 13

2014年08月02日

旅を終えて、あっという間に二週間が経とうとしている。

子供たちは夏休みで、わたしも家庭のことや日常のことと、制作に向けての準備との間で相変わらずいそがしい。

こうして、旅の記録をまとめるのも、大切な仕事のひとつだった。

あの旅の最後のころの日々を思い出している。

(スワヤンブナートからカトマンズ市内を眺める)

(スワヤンブナートからカトマンズ市内を眺める)


カトマンズについて、インドラ・ラマさんのご自宅にお世話になって、毎食美味しいものをいただきながら、自分の体が思ったよりも痛んでないことに気づいた。

腰痛も、膝の痛みも、特に感じない。ジュン君がかつて習っていたというヨガの中から、腰や腹に良さそうな動きを教えてくれる。それを続けていたせいだろうか。いつもならしつこく私を襲う痛みが、今はないのだ。

それどころか、少し、体が軽く感じられる。
適度な運動が、体を目覚めさせたような感覚だ。

(ブッタナートのカフェにて。意外にもイリーのエスプレッソが飲める)

(ブッタナートのカフェにて。意外にもイリーのエスプレッソが飲める)


ラマさんは、最初、私がここに来た当初よりも、日本語が自然に出てくるようになっている。ずっと喋る機会がないと、言語は錆び付いてくるものだ。私も、日本語と英語を交え、ラマさんといろんな話をするのが楽しくなってくる。

ジュン君は、ラマさんの次男のよい遊び相手になっていた。彼のように若くて、自分の生き方として農業をめざすのは、珍しいんですよ、とか、しかもその彼が独身なんですよ、とか。

また、今度はベースキャンプまで登れるように、いい作物をつくって、よいお客さんに恵まれて、お金をためて、旅行してくださいね、などと。

英語を喋らない彼でも、気持ちはこうして通じるものですね、とか。

英語を喋らないといえば、ポーターのゴニッシュという青年が、何を聞いてもイエスと答えるので、私は面食らいましたよ、なんて話をしていると、ジュン君が、

「いや、でもね。俺と二人で歩いてる時、俺がなんか川に入ろうとしたんだよね。そしたらさ、ゴニッシュ、『Don’t!』って言ったんだよ。だから、イエス以外も言えるんだよ。」

と、淡々と教えてくれた。

私とラマさんは、その事で、ずっと笑っていた。
翌日になっても、笑っていた。

山の中の川は、どこも激流で、激流でなくても、激流に続いていて、絶えることのない水の営みだった。そこに、ジュン君は入ろうとしたんだね。

(ガンジスへと続く石灰を含んだ激流)

(ガンジスへと続く石灰を含んだ激流)


(山の中はいたるところに流れがある)

(山の中はいたるところに流れがある)


そして、ゴニッシュにイエス以外の言葉を言わせたんだ。大したものだ。

私のまわりには、すばらしくマイペースな人々が集まっているのかもしれない。
思い悩むことはない。皆、生きている限り生きているのだ。だれと比べるために生きているのでない。生きている限り、自分が『良し』と思えることを、十分に生きたらそれでいい。

(エドモンド・ヒラリーとともにエベレスト初登頂を成し遂げたテンジン・ノルゲイを記念するストゥーパ。二人はネパールの近代史と発展に貴重な役割を果たした。)

(エドモンド・ヒラリーとともにエベレスト初登頂を成し遂げたテンジン・ノルゲイを記念するストゥーパ。二人はネパールの近代史と発展に貴重な役割を果たした。)


今年もすばらしいカレンダーの原画を宇宙からいただいた。
これを、皆さんのお部屋をよりここちよくするように、丁寧に扱い、レイアウトしてお届けするのが私のお仕事だ。また、ここで受け取った大きな光をアートとして形にし、それに出会う人の精神が磨かれていくのを手伝うのも私の役割だ。

私を知って、そこに大切な光があることに気づいた人は、そこにある光を自分の友人に、知り合いに知らせていくことが、宇宙の中での役割だ。

とはいえ、人々がそれをどう捉えるかは、まったくわからない。そしてどう捉えていただこうと、私は光の発信を継続するだけだ。

そうやって、結局は、ある宇宙的な響きが、世界に広がっていく。

愛と光の時代はそうやって作っていくのだ。宇宙との共同作業で。





今回の、長い長い、圭通信。最後まで読んでくださって本当にありがとうございます。
今回は、反響の返信メールも沢山いただきました。いつも、一方的に私から活動のお知らせや、日々の雑感をお送りしていますが、こうやって、反応をいただくと、とても励みになることも、良くわかりました。ありがとうございます。また、配信不要のお知らせも何通かいただきました。メールが不快な場合はどうぞ遠慮なく仰ってください。それも大切なコミュニケーションです。ありがとうございます。

今回の旅の写真は、こちらで公開しています。Facebook上のアルバムですが、Facebookを利用していない方でもご覧になれるよう設定しています。

ネパールアルバム1
ネパールアルバム2
ネパールアルバム3

また、10月には六本木個展、年末にはカレンダーの販売と、いろいろ告知させていただくとは思いますが、どうぞ、今後ともかわらぬ応援をよろしくお願いします。

今日も、宇宙に満ちる愛と光とともに。
ワールドピース!


P.S. そしてこちらが、今回の旅のきっかけを下さった、福岡のラマさん。福岡にネパールの味を伝えて下さってます。皆さんも、一度、ご賞味あれ!

(私がチャンドラ・ラマです!)

(私がチャンドラ・ラマです!)


エベレストキッチン
福岡県福岡市中央区赤坂1丁目9−1
092-721-5503

ネパール旅行記 12

2014年08月01日

「あ、あれ、タティじゃない?」

ジュン君が山道の向こうの人影を見つけてそう言う。

結局、私は日の沈む前にタンボチェのロッジで寝てしまった。早朝、ジュン君の声で目が覚めた。彼らはロブチェという集落までいって昨夜のうちに帰って来たという。氷河は見られなかったらしいが、きっと、さらに一歩、山にちかいところまでいって、なにか彼にしかわからないものを感じ取ってきたのだろう。

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今日のうちにモンジョまで辿り着きたい。明後日はルクラに泊まっていないと、その翌朝のカトマンズへのフライトに間に合わないのだ。もちろん、順調に飛んだとしてなのだが。

夜のうちに戻ってきてくれていたおかげで、ゴニッシュと3人で早めの出発がかなった。私の体調も考えて、ゴニッシュにモンジョまでは付いて来てもらうことにする。

帰り道は下りなのだから、ずいぶん早く進むのではないか。そう思っていたが、集落があるごとに、道は山谷を繰り返す。下っているような登っているような、思ったよりもペースは上がらない。ゴニッシュは、相変わらず、近所の公園でも散歩するかのように、手をジーンズのポケットに突っ込んで、飄々と歩いている。

もうすぐ、ナムチェバザールが見えてくるかな。そう思っていた頃、ジュン君がタティーを見つけたのだ。

「あら、あなたたち!やっぱり、また会えたわね!」

陽気な彼女の声が、少し疲れた私たちの表情を明るくしてくれる。
結局、今日の朝までナムチェにいて、これからようやくベースキャンプ方向へと歩き始めるのだという。旅がおわって、日本に帰ってから知ったのだが、結局、高山病の兆候を感じ取って、彼女は途中で登山を中止する。時には、あきらめるというのが大切な勇気を示すことになる。無理をしなかった彼女は賢明だ。

「あなたたちがいて、いい旅になったわ。3人で一緒に写真撮りましょう。」
「こちらこそだよ。三人並ぶと、すごく目立つ3色だね。」

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タティーだけでなく、この帰り道で、いろんな旅人にあった。
ほとんど荷物ももたずに、一人だけで世界中を旅してる64才のベルギー人。世界一周するんだといって、タイ近辺でうろうろしながら近郊に旅行している、若い日本人カップル。のんびり、おしゃべりしながら、目的地を定めずに女友達と二人で楽しそうなオーストラリアの中年女性。

みなそれぞれの山の道を楽しんでいる。

本当にいろんな国から、いろんな価値観の人が。みんなみている世界が違う。世界最高峰の意味も違う。ただ、ひとつ。あの場所はこの星で一番宇宙に近いということ。その事実だけは首肯せざるえない。

ナムチェまで着く。ナマステロッジでランチを頼む。
ゴンバの祭りで一緒にいった家族が、おかえりなさいと言ってくれる。

ここまでおりて来ただけで、ずいぶん俗っぽい感じがする。
あの、タンボチェの時間とは、肌触りが違う。

靴紐をといてくつろぐと、様々なことがタイミングよく流れた数日だったのがわかる。それは、旅の終わりまで続いた。

ナマステロッジから、帰りの飛行機のリコンファーム(予約再確認)をする。ルクラの職員の名前と携帯番号を聞いていたので、話は早かった。

このあたりから、すっかりリラックスして歩いていたように思う。
高度がさがって、雲に覆われることも減ってくる。青空が時折のぞく。

世界が美しい。

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その日は、どうにか暗くなる前にモンジョにたどり着き、ゴニッシュと別れ、久々の温かいシャワーにありつけた。そして、翌日は本当にゆっくりと歩き、日がくれて雨が降り出した頃になってようやくルクラにたどり着いたのだ。

そして、ルクラの入り口で、私が携帯番号を控えていた航空会社の職員が待っていた。

「明日の我が社の便は欠航になった。それでも、他社の便がもし飛ぶようなら、君たちをそちらに振り替える手続きを僕がする。追加料金はいらない。もし、他社が飛ばなかったとしても、明後日は我が社のフライトがある。それでもダメな時は、ヘリもあるし、帰国便には間に合うようにするから、心配するな。」

そう告げるために、ここで待っていてくれたらしい。雨の中。ただし、状況が流動的なので、空港から一番近いロッジに泊まってくれと頼まれる。予算の問題もあるし、部屋を見てからだ、とも思ったが、あまり選択権はなさそうだ。彼の指示に従って「ホテルネスト」に泊まることになる。

「エベレストを肉眼で見られましたか。この時期に。そりゃあお客さんたちラッキーですよ。私も以前はガイドをしてたんですがね、スイスからきたお客さんをこの雨季のころに40日ほど案内したんですが、一度だってエベレストを見ることは出来ませんでした。しまいにはお客さん、私に怒り出しちゃってね。しかし、私に言われてもねえ。」

そういうこともあるだろう。とにかく、私たちはラッキーだったのだ。天の導きに感謝するしかない。私の人生自体、ラッキーだけを資本に生きているようなものだ。日々、感謝以外に出来ることなど何もない。

すこし匂う客室のホテルネストに、もう一泊するのはどうもな、などと考えながら、6時台の一便のフライトが飛び去り、数機が着陸し、離陸していくのを横目で見ながら、10時ごろにやっと空港に来てくれと、例の職員から連絡が入る。

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こうして私たちは、ルクラを飛び立ち、昼頃、カトマンズに戻ることが出来た。これも後から知ったことだが、結局、翌日も、翌々日も、ルクラから飛行機は飛ばなかったらしい。おかげで私たちはカトマンズの市内観光も出来て、カトマンズで見られる世界遺産はすべてまわれた。

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17日には、帰国便も予定通り飛んで、福岡にたどり着く。これまた後から知ったことだが、当初予定していた14日発の便は、上海で止まってしまっていた。もし、その便だったら、上海のホテルに二泊することになっていただろう。それは今回の旅のモードにも、旅の予算にも似合わない。

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他にもいろいろとタイミングがギリギリで大丈夫になることがあった。ルクラにたつ前に用意したルピーもほとんどなくなっていた。

17日の夕方から、約27時間。ひたすら、ぼーっとしていたように思う。

福岡に戻って、そのままの足で私は息子と一緒に近くの温泉にいって垢を流した。
ジュン君はさっそく農作業があるといい、その足で熊本へ帰る。

タフだ。

なんにせよ、無事に帰ってこられた。その感覚が夜を支配していた。

ネパール旅行記 11

2014年07月31日

ロッジに戻る。今日は、私以外にはあと一組。ドイツ人の中年女性とそのガイドだけだった。私は彼らに断りを述べて、空いてる机に絵を並べ、きちんと乾かしていこうとする。

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「まあ、キレイ。なんだか、人智学のシュタイナーのワークショップで体験したような・・。」

まさかここで、シュタイナーの名前を聞こうとは思わなかった。

そう。たしかに、こんな風に水にとかした絵の具をつかう絵を、一般に「シュタイナー学校」と呼ばれる「自由ヴァルドルフ学校」の系統の場所では子供達に描かせる。

彼女は、シンガポールに住んでいて、大使館でのイベントでそのワークショップを体験したという。

「なにか、描いていてすごくハーモニーを感じたから、よく覚えてるんです。この絵をみてると、その時の感覚が蘇るわ。」

シュタイナーが水を多用した絵を授業でつかったのには、いろいろなわけがある。色自体のエネルギーを、水の中に開放させること、塗り重ねられた色には、人間の悟性が働きすぎて、アートから受け取れる光の高さに限界を与えてしまうこと。

若い頃に私が学んだ内容は、今も、生きている。ここでその名前を聞けたことは、私淑してきた恩師に労われたような感覚だった。

「でも、なにか、その時とは違う。なんだか、そう 。ナイス。」

言葉はいらなくて、彼女がリラックスしている様子だけで十分だった。彼女は、高山病になりかけていた。無理をしないで、そのまま静かにしてもらおう。

私は、肩の荷が下りていた。

「ご主人。『チャン』はありますか。」

チャンのというのはこの地方独特の米どぶろくのことだ。

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「チャンですか!ありますよ。少しあっためて飲みますか?」

なんとなく、こういうところがありがたい。

晴れていたとはいえ、6時間ほど外で絵を描いていたので体は冷えていたのだ。チャンのアルコール度数は高くない。それでも、その白い液体をすすると、全身が緩やかになっていく。ああ、おいしい。宿の主人のすすめで杯を重ねること三つ。ちょうどよい心地だ。

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あたりを散歩する。

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すっかり山は隠れてしまった。

あの時間だけだったのだ。

ジュン君はどこかであの姿を見られただろうか。

ロッジにシャワーはない。私はタオルを濡らして、部屋で裸になり全身をぬぐう。
道具をだして、パッキングしなおす。

「オープンハート」を開いて、読み始めたころには、眠りについてしまった。

ネパール旅行記 10

2014年07月30日

私が見つけたのは、ロッジの裏山。メインの登山道からはなれた、岩場の一角だった。

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大きな岩が岸壁にせり出し、天空のアトリエが姿を現す。背中の方角がエベレストだ。しかし、十分に気は満ちて、時空を超えた感覚で聖なる山の神々の光を受け取ることができる。

今、午前6時。岩の上であぐらを組んで座れる平らな部分が一箇所。紙を広げる部分が一箇所。描き終えた絵を並べられそうな場所がいくつか。座ってしまうと、岩から降りるには、一つ動作ではいかない。座った状態で全ての道具が手に届くように工夫しながら並べて行く。

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今回は、いつものように沢山の道具を運んでくることが出来ないのはわかっていた。ルクラからタンボチェの道の様子がわかるに連れ、カトマンズでの準備も慎重になって、着替えや身の回り品を減らして、パックの重量を下げて来た。

いつもはボードに貼って描かれる絵も、今回はそのボード自体省略する方法を試さねばならない。上質なパルプを使ったかなり厚めの紙ならば、乾燥時に平滑面を取り戻すだろう。そういう紙は値段もいい。ただ、ここは妥協のしようがない。

絵の具を溶くカップも大きさに限界がある。これにはアートレッスンで使ってるカップを準備した。準備したのだが、カトマンズで道具を整理して来た時に、うっかり忘れてしまった。そのことに気づいたのがルクラから飛行機が飛び立つあの朝の空港だった。

「あー、また、私らしいミスをしてしまった。」
そうやって、天を仰いでる私を、ジュン君は静かに見ていた。

ちょうど、待合所の一角にあるコーヒーショップのエスプレッソの紙カップが適度な大きさだった。二人で3杯ずつ飲めば、6色分は集まる。エスプレッソは一杯200ルピー。6杯で1200ルピーか。高い絵の具皿になる。

無理やりジュン君にも苦いエスプレッソを飲んでもらいながら、今日も飛ばなかったらあのカップを忘れないようにしなきゃ、などと考えていると、ジュン君が水飲み場に備え付けられているプラスチックカップを5つ持って来てくれた。

「これで、どうにかならないかな。」
「ありがとう。すこし、ちいさいけど、うん。これでいこう。」

あのとき、「すこし、ちいさいけど」なんて、言うんじゃなかった。この岩場の上に、ちょうど7色並べることが出来た。これ以上大きなカップなら、置く所がなかっただろう。声は届かないけど、ありがとう、ジュン君。

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折りたたみ式のボウル、雑巾、丈夫な段ボール板。最低限の道具を並べながら、岩の上が即席のアトリエになって行く。

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紙に水を浸す。もう、この天空の光を絵が吸い込み始めるのが見える。いつものように手が勝手に動き出す。すごい情報の滝が落ちてくる。今日、できることのガイダンスが始まる。用意しないといけない絵の具、濃さ、仕上げ作業の有無、トリミングの指示、カレンダーにするときの注意点。天空からすごい速さでの指示がダイレクトに私の意識に来る。

対応出来なそうな指示には、いつも、申し訳ないが、今の私では出来ませんと伝える。

私に命令を下す存在は、いったいどこのだれなのだろう。肉体を持たない存在なのはわかるが、時に、はっきりと声を感じる時もある。

そして、かなり容赦無く厳しいことを言う。しかし、指示は明確だ。時間をかけて、ネチネチと何かを積み重ねさせるようなこともしない。

どのようなバランスで色が響き合えば、地球で学ぶ真摯な魂たちに、必要な愛が伝わって行くか、彼は完全にわかっているのだ。私が私情を挟みさえしなければ。

2014__Nepal0228

この山の上で調整された私の体を、彼も使いやすく感じているようだ。テンポよく、絵が育っていく。ガイダンスに従って、1月から12月の絵に、必要なエネルギーを重ねていく。こうして絵を描いている間、私は、ほとんど何も考えず、しかし、様々なものごとの本質が、透けるように見えている。

どれだけ人間が表面的な嘘を追いかけて、虚構が大好きで、本当のことから目をそらしながら生きているか。それでも、少しずつ大切な何かに気付きながら、これからの人間社会が、どれほど無限の可能性を秘めているか。宇宙が、ひとりひとりの意識の反映として、どれほど多様な幻影をつかってレッスンを展開しているか。

ああ、なんて完璧なこの宇宙だろう。

どこにも、対立する二極性はなく、むりやりで一元的な善すらなく、ありのまま、愛と光に満ちた、絶えざる現象。宇宙。

もっともらしい言葉に絡め取られ、右往左往する人々。
それすらも、愛おしくて。

あなたはどこから来て、どこへ帰るのか。
あなたは目に見えるものを追って、何をあの宇宙へと持って帰れると言うのか。

見てごらん。この宇宙で、あなたがなした理由のない愛だけが、重なって、星になっていくのを。その愛だけが、永遠の価値を生み出しているのを。

だれのためでも、なんのためでもないんだよ。愛であること。それだけが存在の理由なんだから。


気がつくと、岩の周りに何枚かの絵が広がって、キラキラと太陽を浴びていた。

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「スゴイデスネー!」

急に、日本語が時空を現次元に引き戻す。むこうから若い僧侶が二人やってくる。

「ニホンジンデスカ? 君が描いているの?すごくキレイだね。
僕らはこれから、山にキノコを探しにいくんだ。みんなの晩御飯のためにね。キノコ。おいしんだよ!」

覚えたての日本語と、あとは英語で、やけに人懐っこい彼が嬉しそうに話しかける。

「そうだよ。私が描いている。私の仕事だからね。キノコみつかるといいね。見つかったら見せてね。」

そんな話をして、彼らは道すらない山のなかへと消えて行った。

なんて気持ちのよい時間だろう。今、育ちつつある絵は、2015年の日々を照らしてくれるはずだ。カレンダーに縁のある人たちの日々を。その先にいる人たちの日々を。

目に見えないものを感じる心を、閉じ込めてしまった、寂しい人たちに、もう一度、世界に希望をもつ勇気を与えてくれるはずだ。

だんだん、あたりが白くなっていく。
私自身が、雲のなかの存在になっていく。
朝はあんなに晴れていたのに、もしかしたら、もう、エベレストは隠れてしまったのかもしれない。

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もう、絵は完成間近だ。それぞれの絵が、毅然として私に指示を出す。

「圭、鮮やかな黄色だ。そして、フレッシュグリーンも。そんな淀みはいらない。ラインだ。緩やかな、あのスパノバのざわめきのように、十分な中身を伴った碧だ。」

「お前の星の弦楽器のように、すずしさを残したターコイズを!けっしてシニカルになるなよ。私たちに難解さは不要だ。けっして、地球人の批評家に隙を与えるな。判断させる暇などなく、あの黄道十二宮をわたる惑星の軌道のように、美しく舞うのだ。」


私は、彼らの大げさな指示にはなれている。いちいちまともに相手にはしない。私の技量は限られている。出来ることをなすだけだ。

一枚づつ、絵たちが静かになる。もういいよと言っているのだ。

岩をおりて、草原に絵を並べ、一枚づつ、話を聞いていく。

時間がおわっていく。

岩の上で、天を仰ぎ、懐かしい存在といろいろ話をしていた。
こういうのを、テレパシーというんだろうな。


「あなたたちとこうして話せること、嬉しく思います。」

だんだん、体をもった人間に戻っていく。先ほどまで何もかも見通せてたような感覚も、薄れていく。

ジュン君はちゃんと帰ってくるだろうか。麓まで現金はもつかな。絵はおり曲がらずにもって帰られるのだろうか。

そもそも、私はこの先、どうやって生きていくのだろう。何一つわからない。

そう。わからないことだらけだ。

ただひとつ、わかっているのは、生きている限り、私は生きているということ。
生きている限りは、輝く以外にないということ。

先ずは、道具をまとめよう。パッキングしよう。
太陽が、真上だ。

僧侶たちが戻ってくる。

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「マイフレンド!キノコひとつしか見つからなかった!」

彼らは手に松茸のような大きなキノコをもっていた。

「そうか。しかし見つかって良かったね。僧院のみんなが喜ぶんじゃないかな。」

「うん、マイフレンド。しかし、この紙、良さそうな紙だね。一枚くれないか。」

「ああ。そうだね。いいよあげるよ。一枚1000ルピーくらいするんだけどね。」

「一枚が?そんなに?」

「うん。だから、タンカを描く膠で処理した布の代わりになるよ。いい絵を描いてくれる?」

「もちろん。こっちのマイフレンドは、絵を描くモンクなんだ。」

「それじゃあ、ちょうど良かった。ためして見てね。」


彼らの僧院のなかには、素晴らしい仏画がたくさん復元されている。それらは近代的な絵の具も使われていて、海外からの多くの技術協力と寄付によって保全されていると絵の脇のプレートに書いてあった。

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いい絵が、生まれますように。


彼らは、見慣れない私の絵を見て、「綺麗だ。」と、何度もつぶやいていた。


雲が、すべてを隠していく。
荷物はまとまった。ロッジへと帰ろう。

旅の目的が、果たされた。

ネパール旅行記 9

2014年07月30日

食事を終えるころ、ロッジの主人がやってくる。



「今日は比較的いい天気ですよ。」
「そうですか。山は見えますかね。」
「さあ、どうだろう。なんせ雨季ですからね。でも、可能性はありますよ。」



そう、雨季なのだ。しかし、夏なのだ。それでも、3800mを超える山のなかでは、ダウンを着ていないと寒さを感じる。雨があがるのは、9月頃だという。その頃ではすっかり寒いだろう。それでも、人々は乾季を選ぶという。そして、乾季にはどんな小さなロッジも寝る部屋がないほどに世界中から人が来るのだという。皆、山が、見たいのだ。



ただし、そんなに人がいたのなら、私は落ち着いて絵を描くことなど出来なかっただろう。
たとえ、肝心の山が見えたとしても。

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ミルクティーを飲み終えた私は、昨日みつけた絵を描くのに適した場所へと行くまえに、なんの期待もせずにカメラを担いで少し散歩に出る。



「いってらっしゃい。荷物は見張ってますね。」


やはり空は白い。最高峰には縁がないのかな。



私はロッジのむこうの広場に出て、僧たちの寄宿舎で、昨日話した若い僧と挨拶を交わす。ナマステ。あなたのなかの神性に。

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寄宿舎の角をまがって、僧院の前の広場に出る。昨日、タンボチェの門をぬけて、真っ白な空が広がっていたところだ。


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碧い空がひろがる。輝く白い雲と好対照に。



そして、雪渓と黒い峻険な山と響き合って。そう、姿を現してくれた、Top of the world。
サガルマタ。チョモランマ。エベレスト。Top of the world。地球で一番高い頂。

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シャッターはしばらく後だ。私にむかって、たくさんの光がやってくる。私は笑うしかなくなる。今から絵を描く、その日に姿を現してくれた。

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こういう時間を過ごすことになるよ。そういう感覚が福岡を発つ前からあった。しかし、疑いそうになった時もあった。それでも、より良い時間を信頼することだけを続けて来た。



その私の意識に呼応するように、美しい姿が目の前に広がっている。

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時間の狭間。私は、私の本質が様々な高次の存在と情報交換するのを見ている。そこに日常的な時間はない。永遠で一瞬のような感覚。その内容は、この通信のなかであってすらも、言葉にするのはむつかしい。非常に乱暴な戯画にしかならない。それでも、どうにか要約するならば、「私は他人がどうあろうと、私自身の輝きを生きる。そのことを伝えにここに来た。」という感覚だったと言えるだろう。



エベレスト。8850m。その手前にはローツェと呼ばれる8500mの山。


その右側にアマンダブラムの姿が。「母の首飾り」という意味の山からは、やはり女神のようなエネルギーがこちらに向かって流れてくる。

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宇宙を瞑想する。この広大さすら、塵や埃のようでしかない銀河。その天の川銀河ですら、虚空のなかの一点でしかない宇宙。さまざまな次元が折り重なり、無限のエネルギーに満ちた宇宙。人間の意識という現象は、その広大さのなかにあってすら奇跡で、しかし、「意識」という現象は、この宇宙に多様なあり方で生起している。私たちの想像がおよばない領域での意識現象もあることだろう。


その「意識のエネルギー」が地球に関わるとき。この命の星を取り囲んで、そっと触れようとするとき。物質次元をこえた存在が、物質としての地球と愛し合うとき。最初にその朦朧体にふれるのは、物質として、もっとも高く宇宙へと聳える一点。私たちはいつもあなたたちを愛し見守っているよ。そういうエネルギーがここから流れ出す。


こんな天空の世界にあって、私は日頃、どんなに小さな事に引きずられて、感覚を鈍らせてしまっているかを痛感する。
いつも、この澄み切った感覚を。そう、できそうじゃないか。この心地よい天気の中にいると、この世界が日常のように思えてきて、慣れてしまう。


今日は一日、こんな様子の空なのではないか。


そう思い、撮影もそこそこに、私は荷物をもって、制作場所へと向かった。

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ネパール旅行記 8

2014年07月29日

朝方には雨が止んだ。五時半。
朝は五時台に目が覚めるのが習慣になってしまっている。

今日は、山は登らないのだ。疲れを通り越してしまって痛みも感じないふくらはぎや、深いところに鈍痛を感じている腰を休ませるために、もうすこし、寝ていたらいいのにこの体。

ロッジのダイニングルームへと降りる。
まだ、宿の手伝いをしている若者も、奥のキッチンで寝ている。

たまたま入ったこの宿だが、とても優しいホスピタリティーに溢れている。

ミネラルウォーターの値段がナムチェの2倍になっている。麓で聞いていたように、高度の上昇とともに物価も上がっていく。それは、こんなところまで重いものを運んできた労働に対して、正当な価値が払われている証拠でもある。そして、高度が上がると、そもそもお金があろうとなかろうと、買う物自体がない。

物がなくなると、人は今ある物を大切に使いだす。少ないもので、丁寧に暮らしだす。一日の満足度が増す。健康に気を使いだし、安全に過ごせた一日に感謝をする。

清くなっていく。

しかし、この清くなるあり方は、大きく環境に依存している。そんな清さは、街に戻ればすぐに失われてしまう。山にあって悟った行者が、街へ来て俗となるなら、特に彼はその清さにおいて何かを教えることは出来ないだろう。

私は、街にあっても、人々の欲の中に生きていようとも、ピュアな宇宙の愛を感じていることを自分に楽しませ、継続している。現代人の生き方のうちにすら、精神的な輝きがありうることを伝えようとしている。人と比べ、落ち込み、有頂天になり、喜び、悲しみ、いつわり、ごまかして、人の悲しみに目を閉ざし、自らの不幸を嘆くのが得意な現代の人々が、それでも、精神として輝けること。私たちの本質は、目に見えているものの背後にあること。そのことを、アートレッスンやアートを通じて実感してもらっている。

しかし、この清らかな時間だ。ここのロッジの主人は、笑い顔が顔に貼り付いたような表情で、ご飯のおかわりはいかがですか。寝る部屋は快適でしたか。きっと良い旅になりますよ。などと、話しかけてくれる。ロッジを訪れる旅人も、自然穏やかになる。村の青年を何人か雇っているようだ。彼らもまた、言葉遣いが丁寧で、テキパキと働いている。

ルクラからこちら、山道には、数キロおきに集落があり、人々はそこで耕作し、家をたてて住んでいる。幾つかの集落は、おそらく、20世紀にはいって、ヒマラヤ登山が世界的なレジャーとなって、作られたのだろう。集落には必ずロッジがあって、昼食をとったり、簡単な宿を得られたりする。そういう意味では、安心して歩ける。自分の体力や気候に応じて、最寄りの集落で休息を取ればいいのだ。

しかし、ナムチェから向こう、エベレストベースキャンプまではそんなに集落はない。ここ、タンボチェも集落ではなく、僧院があることで人里になっている場所だ。ロッジの主人も含め、コミュニティー自体が、僧院との関係のなかにあるのがわかる。主人も僧のようなものなのだ。

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この地に僧院ができたのは300年以上まえの事らしい。サングワ・ドルジェという高僧が啓示をうけてこのあたりに僧院を築いたという。僧院には、その高僧が何年も座禅を組んで、ついには岩が足の形に変形したと言い伝えられている岩が残っている。

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ここから僧たちは山の神聖さを臨み、敬意をはらって暮らしたのだという。

朝のタンボチェに清らかさが漂っている。

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私が自分のなかで保ってきたもの。そしてこの地だから感じられるなにか。
その二つが響き合いはじめている。私が、肉体ではなくなりつつある。

昨夜の雨で、十分に雨水タンクには水が蓄えられている。今日、絵を描くのに必要な水を遠慮なくボトルに詰める。画材をまとめ、運べるようにザックにいれる。丁寧に、ゆっくり、ひとつづつの所作を。

キッチンで、青年が目を覚ます。約束していたミルクティーと、ビスケットを用意してくれる。
外では、雨は上がったものの、霧で真っ白だ。晴れていたとしても、窓の方向にはエベレストは見えない。しかし、木立の麓から、少しずつ霧が昇っていく様は、それだけで美しい。

あったかいミルクティーを飲みながら、うっとりとそれを眺め、今日描く絵のビジョンが静かに私を満たし始める。

ネパール旅行記 7

2014年07月29日

とにかくここで、絵を仕上げるんだ。今日は下見をして、明日、明後日と時間を使おう。

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そのためにも、1度スケジュールの確認だ。ジュン君は私が絵を描いている間、どうするだろう。タンボチェは、思ったよりも見るべきところもそうは多くない。修道院も、訪ねたところで、丸一日なにかできるようなところでもなさそうだ。

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「ケイさん、俺、もう少し先まで、登って見るよ。できれば、氷河が見たいんだ。このまま、ランチ食べたら行ってこようと思う。」

すごい。すごいなあ彼の体力は。それしか思えなかった。

私は、絵を描く目的で来てなかったとしても、ここからもう一つ先の集落まで行こうとは思わないだろう。熱心に地図を見ながら、行き先を練っている。彼の生き方はまっすぐで、だけどとても穏やかだ。生きている物への視線が優しく、弱い者を守りたいという心が歩いているような青年だ。私にとっての今回の旅。彼にとっての今回の旅。おなじ時間、おなじ場所をあるいても、違った世界をみて、違った体験をしているのだろうな。

彼の目から見える宇宙。その宇宙もありのまま、愛に満ちているのだ。

「うん、行っておいで。ゴニッシュも連れてさ。タティーも言っていたけど、ここから先はポーターなり、ガイドなりと一緒に行動するのが原則だから。万が一のときに、一人だと助けも呼べないしね。明後日の朝までに帰ってきてくれたら、帰りの飛行機には間に合うから。」

そうして、彼は、ランチを食べて、英語をしゃべらないポーターと出発した。
どこかいいコンビのようにも見えた。

ずいぶん、重たい雲だが、まだ、雨は降らない。
私は、カメラをもって、修道院をたずね、もし、晴れたならどちらにTop of the worldは現れるのか、何時頃なら霧が晴れる可能性があるのかなどを、若い僧侶に聞く。

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簡単な周辺地図を書きながら、絵を描くのに良さそうな場所を探す。

どうやら、いい場所が見つかる。

さあ、一度、荷をほどいて、画材を確認しよう。
紙を広げよう。そして、今日はすっかり寝てしまうのだ。

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寝袋のチャックを閉める頃、外は大きな雨音が響いていた。