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2016年最後の個展(福岡)

2016年12月20日

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火曜日から今年最後の個展が福岡で始まります。
この個展で初めて公開する新作もありますし、東京での個展で展示して、まだ福岡の皆さんにお披露目していない作品も展示します。

20日、23日、25日の15:00からは、クリスタルボウル奏者とともにライブペインティングイベントも開催します。

福岡の皆さん、絵たちに会いに来てくださいますか。

会期中は10時から18時まで、毎日会場にいますよ。文房堂の隣にあるコーヒースタンド「Seed Village」や、表面カリカリ、しっぽまで餡子たっぷりのたい焼きを焼いてくれる「ひいらぎ」に寄り道しながらお散歩しに来てください。

※カレンダーは残りが少なくなっております。取り置きを希望される方はご連絡ください。

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八坂圭展
2017年カレンダー・絵画・マグカップ
12月20日(火)~12月25日(日)10:00〜18:00(最終日17:00まで)

20日・23日・25日/15:00〜
ライブペインティング(クリスタルボウルの演奏とともに)

山本文房堂:福岡県福岡市中央区大名2丁目4−32
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わたしがこの一年、時空の向こうの存在たちと向き合って得た響きたちが、静かに待っています。
そこで何を受け取るかは、あなた次第です。

今年も一年が過ぎていきます。
1000年単位のスケールで、新しい時代へと。
いよいよ時空の担当官も変わり、空間の手触りが変わって来ます。

きっと、年が開ける前に、もう一度、通信を出すことができるでしょう。

音や光、色、形になる前の、精妙なエネルギーの響きを実感する人々が増えて来ています。
気づいたものから、高く、軽やかに響いていく。

私たち自身が、宇宙の創造者です。

夜空が綺麗ですね。
それでは、また。

今日も宇宙に満ちる愛とともに。
ワールドピース!

マレーシアで作品を紹介する

2016年07月20日

愛するみなさんこんにちは。

この、「愛するみなさんこんにちは。」という言葉は魔法の言葉です。

言葉には現実をつくる力があります。このブログを読んでくださっている方々のなかには、いろんな人がいます。そのすべての人に愛を。この挨拶で、実際にそのような現実を創り出すことができるのです。

私がこの言葉を発するとき、静かな呼吸と、ゼロに戻る感覚が得られます。まるで、新しく、今生まれたばかりのような感覚です。はじめまして。みなさん愛しています。そういう感覚です。

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マレーシアに行ってきました。2014年のマレーシアでのレジデンスプログラムから、アジアのアーティストとの交流が続いています。今回は、ペナン島での作品展に参加してきました。マレーシア・フィリピン・日本の作家によるアート・エキシビション。題して「Fusion 3」です。

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招待をうけたのは、もう一年ほど前でした。連れてくる作家は圭が選んでくれということで、このプログラムに興味をもってくれる画家を探していました。結果、東京芸大の工芸科を卒業し、ろうけつ染の技法で絵を描いている「片山穰」。福岡で日本の神秘性をテーマに据えて油絵を描き続けている「田代耕 一」。美術解剖学を研究しながら人体と空間を描いている「木森圭一郎」の三人とともに参加してきました。

2度目のマレーシアは、なんだか空港に着いたときからやさしく迎え入れてくれているようで、温かい風が心地よかったです。

インドでも出会った仲間たちが、またここでも顔をあわせる。私が参加しなかった他の国でのプログラムで、私の友人にあった話題をしてくれる。国境を越えて、世代も越えて、アーティストたちの交流がゆっくり育っているのを実感します。


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今回の旅で一番感じたのは、アジアにはたくさんのアートコレクターがいて、自分の目でいい作品をみつけ、作家を応援していこうとするエネルギーが息づいているということでした。


あたたかくて、食べものがたくさんあって、海外のひとがたくさん行き来して。みんな質素な暮らしの中で夢をもって人生を味わっている。あたりまえの日々なんだけれど、日本とは流れている時間がすこしちがう。

粗削りでも、新しいものを生み出していこうという創造的な雰囲気が旅のあいだずっと溢れていました。一緒にいった3人もそれぞれに刺激を受けていたようです。

アートとはなんでしょうか。

絵に限らず、音楽に限らず、彫刻に限らず、アートはひとによって形を与えられた全てです。たくさんの試行錯誤のあとに、そのなかから人々が普遍的な何かを見出していきます。たくさんの素晴らしいアートを見てきて、その歴史を知るにつけ、地球のアートは、アーティストとそれを見いだすひとの両方で生まれてきたのだなあと思います。


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今回、マレーシアのアートコレクターのお家や事務所をいくつか拝見させていただきました。どれも、素晴らしい作品で、しかも大きい作品が多かったのが印象的でした。言葉をこえて、共感できる、なにか普遍的なものをアートは模索している。

そんななかで、私がもっていった作品も、なにがしかの印象をギャラリーにきてくれた人たちに与えていたようです。私が宇宙的な感覚のなかで掘り進めている調和や愛の感覚が、絵画そのものを通じてひろがっていく。そんな時間を感じることができました。


出品作

自分の絵の前にたって、「しかし、これは私が描いたのではない。」と、思い至ります。そこにあるのは、私をつつんでいる宇宙の愛。

ギャラリーのオーナーは戦時下で生まれ、若い時はアーティストとして世界を駆け巡ったといいます。今は、世界遺産の街にギャラリーをかまえ、たくさんの作家の作品を世に広め、スポーツカーを何台ももってるんだぞと、自慢げにいいます。でも、今夜君たちの作品をみて、もういちど作品を作りたいっておもった。こんな夜は久しぶりだ、と、話してくれました。

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(オーナーのMr.Koay)

オープニングにはたくさんの美術愛好家があつまり、その場で作品をきめていきます。

展示は7月の後半まで続きます。

さあ、私は福岡でのアートレッスンです。
実は、マレーシアから帰ってすぐに、母校の西南学院高校の文化祭で、黒板に絵を描き、アートについてお話しさせていただきました。
アートを通して、ひとりひとりの中にある光を呼び覚ますこと。そのことを淡々と続けていきます。

フィリピンから参加していた、著名なパンディという作家が、オープニングの挨拶でこう言っていました。
「今、世界には問題が山積している。マレーシアは多人種、多宗教、多文化の国だ。それでも、こうやって、アートの空間で平和であれる。アートに境目はない。アートは今の世界の摩擦を減らし、癒すことができる。」

そうなんだなあ。私は彼の言葉を聞いて、素直にそうおもい、世界にはたくさんの同志がいるんだと感じました。

どんな作品が、あなたの光に響きあうのかはわかりません。だからこんなにも多様な世界と作品があるのです。
あなたの目で、遠慮せずに、すてきな何かを見つけてください。

それでは、また。
今日も、宇宙に満ちる愛とともに。
ワールドピース!

六本木個展のワンシーン

2016年04月02日

明日、4月3日から個展の後半が始まります。
少しだけ小さな作品が加わりました。金曜日までです。

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八坂圭展
「多次元への扉」
2016年3月26日(土)~4月8日(金)
12:00~19:00(最終日は17:00まで)
※4月1日(金)2(土)は休廊です。

Shonandai MY Gallery
106-0032
東京都港区六本木7-6-5
六本木栄ビル3F
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これから先、何十年もわたしは絵を通じて宇宙の愛と光を届けます。
でも、今回、現れてくれた絵たちは、今回だけ、今だけの輝きです。

いつものパノラマビューをご案内します。
このサービスは、いながらにして会場の様子がご覧いただけてとても便利ですね。
しかし、やはり実物は違います。
http://www.jpartmuseum.com/jam_live/shonandai45/

精神を世界に旅させ、宇宙へと心は解き放たれ、美しさの可能性を探検し、紡いでいます。
人の精神は美を見出すと、光を浴びた植物のように成長していくといいます。

私がとどける何かが、あなたにはどう映りますか。

 

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新しい可能性を追求する道はときに平坦ではありませんが、わたしは天使たちと光の仕事を喜んであゆんでいます。

しかし、あなたの目に届かなければ意味がないのです。
かけがえのない、あなたに。

そして、今、わたしの中に響いているインドからの響き。
これをあなたに届けたい。
そのためのアートレッスンです。
是非、ご参加下さい。

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2015年4月東京アートレッスン

15日(金)・16日(土)・17日(日)

朝:10:00~12:00
昼:13:30~15:30
夕:17:00~19:00
(金曜のみ 夕:18:30-20:30)

予約表:
https://goo.gl/wOhRBL

会場:吉祥寺レンタルスペース「YORU」
http://yappyhaps.wix.com/yoru#!access/c1bl5

連絡・申込み(八坂圭)
080-6546-8855
(もちろんメールでも大丈夫です)
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あなたを、お待ちしています。

では、今日も宇宙に満ちる愛とともに。
ワールドピース


インド旅行記7 終章

2016年03月15日

「美しさとは宇宙の資源で、その鉱脈を掘り進めることが人間精神の重要な仕事のひとつである」

これも、かつて書き留めてあった言葉のひとつです。
これを書いている3月15日は、実際には熊本のアトリエで作品を仕上げている時間です。
11日からは、水の力で自分のなかの美しさを掘り当てるアートレッスンを開催していました。
インドで見つけた光の源流が、ずっと続けてきたこのレッスンのなかにも、初めから流れていた。
そう、確認できました。

さて、インドの旅の記録を終わらせましょう。読んでくださるかたからも、一緒に旅してるようで楽しいという声をいただいています。
旅は帰る場所があるから旅なのです。あなたの心はどこへ帰るかな。

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dance_india02
 

magazine
私たちのことは、幾つかの記事になったようです。

 

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ダンスフェスティバルの会期はおわりにさしかかり、リラックスしたムードが漂っています。様々な言語が飛び交うこのグループ。バングラディッシュ人のカジは、インドのアシットとも同じ言葉で話せるようです。ヒンディー語の仲間だということです。

 

よくよく話を聞いてみると、言葉は違うけど、推測してわかり合える範囲の違いだそう。それでも、まったく通じない言葉もたくさん国内や周辺にあるそうです。
いろんな新聞や本を見せてくれて、同じインドでも文字からして何種類もあり、多言語・他民族国家であることを教えてくれました。

「親戚が日本で仕事をしてます」といって日本語で話しかけてくる人もとても多いインドです。
もともと、多言語だからなのか、他の言語を取り入れる能力が発達しやすいのかもしれないですね。

「さあ、今度はインドネシアでアートキャンプだ。是非、参加してくれよ。」
「その前に、カシミールでのレジデンスに招待したいんだが。」
「マレーシアでの展示も忘れないでね。」
「ルーマニアでも、計画中だよね。」
「誰が予算をだすんだよ、そんなに全部には参加できないよ。」
「それはみんな同じよ!お金のことはあとから、あとから!活動しないとなにも始まらないわ。」
「アーティストとして生活を立てていくのは、簡単じゃないよな。」

いろんな言語が混ざり合いながら、芸で生きていこうとする人たちが、こんな話題になっていく様子は、地球のどこにいってもかわらないのだろうな。

ただ、わたしは「アーティストだから大変」というのは少し違うかもとおもいます。きっと、自分の所属がなんであっても同じ。
漁師であっても、商店であっても、役所づとめであっても、みな、それぞれに大変です。

私たちの意識は夜スイッチを切って、その内側に抱いている魂を肉体のそとへと解放し、魂たちは星の世界でお互いの体験をシェアするといいます。
魂の座談会でも、きっとこんな話をしているかもしれません。

『人間で生きていくのは大変だよ。』
『犬でやっていくのも、大変よ〜。』
『白樺の生活はいつも瀬戸際なんだよ。』
『惑星として存在しつつづけることの危うさと言ったら!』
『天使であり続けるのはいつもチャレンジの連続です。。』

それぞれに、それぞれが最善を尽くしている。

このグループでは中国語も共通語のひとつ。国境がちがっても、理解し合えるもう一つの言葉です。残念ながらわたしにはほとんど分からないのですが、英語とヒンディー語と中国語が折り重なる会話の中で、少しだけ拾えたように思った言葉。

「でも、こうやって、ここにいるって事は、誰かが私たちを理解し応援してくれているってことだよね。」

本当にそうだなあと、思いました。
わたしの活動の背景には、これを読んで下さっている皆さんの応援があります。
ありがとう。

『この宇宙に、私たちは生かされている』

みな、自分たちでなにかを成し遂げたと思っていても、すべての出来事は起きるべくして宇宙という命の中で起きている。
出会うようになっていて、気づくようになっていて、読むようになっていて、いま読んで下さっている。

全ての存在に敬意をはらい、愛であれるひとつのビジョンがここにあります。

「じゃあ、また。世界のどこかで。」

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そういって、カジュラーホーを後にし、デリーへ。空港からはそれぞれの国です。

目に見えていることは、たくさんの目には見えないエネルギーの一端でしかありません。
人の心も、過去も、素晴らしいひらめきも、いつも世界を覆っている愛のバイブレーションも目には見えません。

しかし、それは確かにそこにあって、太古からそのことを大切にする精神の流れがあります。

その光の川の末端に、わたしもいる。あなたもいる。

大昔にその川がこの星に流れ始めた頃の源流を見に行ったような旅でした。
そして、また、たった10時間で、末端へと。

いえ、ここが、また、新しい源流なのかもしれません。
そう思えば、そうなる。

わたしから、あなたから、絶えざる叡智を降り注ぐ光として受け取り、目に見える世界に流していきましょう。
光の川を見る目があれば、美しさを掘り当てることが無限に可能なように思えてきます。

たからものをうけとりに。

日常という旅が続いていきます。

 

unoko (制作している熊本で見つけた瀧です。光もこうやって世界を巡っています)

いつか、また、わたしの絵を迎え入れてください。

それでは、また。
今日も宇宙に満ちる愛とともに。
ワールドピース!

インド旅行記6

2016年03月10日

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自転車でひく人力車が、アジアには溢れています。それらはRickshw(リクショー)と呼ばれ親しまれています。語源は、日本語の人力車です。

これに参加アーティストみんなで絵を描こうということになりました。

国内のアーティストたちも、それぞれに、カラフルなリキシャを描き上げていきます。

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その様子も新聞やテレビで紹介されたようです。私たちの活動や作品がインドの人々になにか刺激を与えることが出来たなら、とても嬉しいことです。

 

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大方のイベントはおわり、すこし自由な時間もできたころ、参加アーティストはそれぞれのペースで買い物をしたり、観光に出かけたり。

今回の宿は「ホテルプリンセス」という場所。名前にふさわしく、なかなか清潔でさわやかな場所でした。そこの従業員がとても親切で、「インド式のマッサージはどうかな?以前、あそこに見えている、ケララ・アーユルベーダ・センターで働いていたんだ。お金は取らないよ。」といって、半ば無理矢理、ベッドでマッサージをしてくれました。それはそれで、気持ちが良かったのですが、そういえば、アーユルヴェーダのことを忘れていたなあと、なにか閃くものがありました。

アーユルヴェーダは、中国の漢方にも通じるほど古い、世界最古の部類に入る体系的医学です。60年代のヒッピームーブメントとともにアメリカでも流行し、美容的な観点から先進国でも人気になっています。特に眉間のあたりにオイルを垂らすシロダーラというわれる施術は、日本で受けるととても高価なので、現地で受けてみることにしました。このときは2時間で40ドルほどでした。

裸にされて、筋骨たくましい男性が、力強く全身をほぐしていきます。
老齢の先生が途中からオイルとハーブの調合を見て、頭にあたたかいオイルを垂らします。
ゆったりとした、ながい、時間でした。
常にクラクションが響き、歩いていたら絶えず人々が話しかけてくるこの町で、はじめて静かな静かな時間を過ごしました。

終わってからしばらくぼーっとして、施術室をでて、吹き抜けの階段を降り、一階へ行くと、先ほどの老齢の先生が診療室のようなとこから、「まあ、ちょっとすわっていきなさい」と声をかけてくれます。

本当に、ぼーっと座っていました。
突然、先生が「で、カジュラホ−はどうだった。」と聞きました。
わたしは「ええ、素晴らしい寺院群の建設で、毎夜のダンスも素晴らしく美しい日々でしたよ。」
と応えていました。すると、すかさず「どうせ、嘘だらけのガイドの説明を沢山聞かされたんだろう。」と笑いながら言われました。わたしはきょとんとしてしまいました。

「あれは、カーマスートラとはなんの関係もない。人間が作ったものじゃないかもしれない。ヒンズー教のものでもない。」

わたしのぼやけた感覚が、急に1カ所だけ焦点があうような感覚がわき上がってきました。ある一つの点へ、それを象徴する言葉が遠い記憶から立ち上がってきそうなそのときに、

「あれは〇〇〇〇だろ。」

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その言葉が、先生の口から聞かれました。わたしの中で立ちあらわれようとしていた言葉とはっきりと重なり、その一点だけがぴたりとピントが合ったのです。

何年も、私の中で思い出さなかった、使ってこなかった言葉でした。しかし、かつては随分と大切に調べていたこと。ぐるん、と何かが動き、旅の間、腑に落ちなかったことが全てつながりました。

あえて伏せ字にしたのは、その方が、私にも読む方のためにもなると思ったからです。
よく知られた言葉です。
ただ、タイミングと、それぞれに応じた学びが符合したとき、それは力をもっている言葉なのだとおもいます。

わたしにとっては、これが旅のすべてでした。

その、ピントの合った無限の一点は、まさにわたしがスピーチで話した無限への消失点でした。
その後も先生は様々なことを教えてくれました。「サンスクリット」という言葉の元になったのは、「文明たち」をつくる「煎じ薬」という言葉であるという説や、中国の象形文字の発展の途中で、サンスクリットからの影響をも中国語がとりいれていったことの形跡の見つけ方など。わたしの基本的気質も、触診してくださり、「ピッタ・ヴァータだね。血液型はOだろ。」と。アーユルヴェーダでみる気質については、自分でいろいろ本を読んで分かっていたので、納得しました。そんな話を延々と続け、気がつくと何時間もたっていました。初めて会うのに、話しているのが二人ともとても楽しかったのです。

でも、わたしの脳はさきほどの衝撃で、ずっと、その消失点の向こうの宇宙を感じていました。そして、そこから流れ込んでくる叡智が、宗教・科学・哲学・思想などと、さまざまに呼び名をあたえられ、大河のように、地球を旅している様子を、まるで、高解像度の映画でもみているように、眺めていました。

まるで濃縮されたエッセンスのような、宇宙からの光が、時間と空間をながれ、世界中へ広がって、そして、そう、日本という島国で、また、光をあつめている。レメディーは希釈されることで、初めて働くという性質があります。文明の煎じ薬は、こうして働いているのかもしれない。

この先は、アートレッスンなどで、直接お話しできる機会にお伝えしようとおもいます。

最後に、先生がカジュラーホー寺院群の背景にある神話を語ってくれたので、それを記しておきます。なお、先生はこの神話はファンタジーではなく、宇宙的な事実だと考えていると満面の笑みをもって、話されていました。

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ある神話時間において、地球の生物たちが性に関することを丁寧に扱わず、そのことで遊び回っている様子を見て、破壊と創造の神シヴァが腹をたてたそうです。それで、第三の目をひらき、すべての生き物(もちろん人間も含む)の性的ホルモン(先生の表現のまま)の活動を全て停止させたそうです。そうして、地上はとても静かで調和したのですが、宇宙創造のブラフマンとシヴァの伴侶ビシュヌは、これでは、生命のサイクルがとまってしまう!と困り果て、ある神族に、「生き物たちがその生命力を再発動させる建物を建てなさい」と、命じたそうです。そうして、その神は、三秒で指を弾くようにして、この寺院群を建てたといいます。この寺院群は、生命力のリバイバルを司っているモニュメントだといえるのかもしれません。
 
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そう聞いて、なにかとても納得しました。

「みんなに君から本当のことを伝えてくれ」
あは、みんなが聞いてくれるならね。

あくまで、この話はわたしの伝聞です。

しかし、なにか示唆にとんだ内容を含んでいるかもしれません。
それは、受け取られたあなた次第。

こうして、わたしの旅はとても意義深いものになりました。

わたしの中に、そして、あなたの中にいきづいているなにか。
大きな幹がのびて、たくましくわたしたちをつらぬき、名称をこえて、枝葉末節からルーツへと視線をうつすとき。

わたしたちが生きている中に、宇宙の叡智がはたらいています。

明日から、アートレッスン。
https://goo.gl/HYs4vU
あの、ただ滲んでいくだけの色にも、その光が宿ります。

それでは、また。
今日も宇宙に満ちる愛とともに。
ワールドピース!

インド旅行記5

2016年03月09日

スケールの違いで、同じ物が全く違った表れ方をするのをご存知ですか。たとえば、地球。宇宙からの画像でみる地球は、とても青く、有機的で、美しく調和しています。大気圏からの視点にスケールを移すと、幾何学的な都市の造形が見え出し、そこには人間の思考が見て取れます。さらに、スケールを地上に戻すと、そこには見慣れた人間の姿があり心も感じられます。

 

2016_India20160220200712 (異国の地で国営放送のインタービューを受けるのも、あるスケールの地球のワンシーン)

 

この見慣れた感覚から自分を解き放ち、様々なスケールで物事を捉え直すことを楽しむ時間は、人生を豊かにします。

 


アートや旅はその機会をたくさん与えてくれます。

街の喧騒から離れて、レネアの滝を見に行く機会がありました。

 

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そこは、何億年も前の巨大な火山の火口で、純粋な花崗岩が切り立った地形をつくりだしていました。

 

わたしは、時間のスケールをこえて地球と人々のつくりだした文明を旅します。空間にも時間にもスケールを縦断する想像の旅をするには、いくつかのコツがあります。20年ほどかけてわたしが会得したコツを今日は特別にお伝えします。準備ができている人には、有用だと思います。

「大まかにみる心。先人たちが調べてくれた情報をある程度は集めておく知恵。一つのスケールに止まらないこと。ディティールを想像すること。重箱の隅をつつくような思考が動き出したら、想像の旅を一度手放すこと。目の前の事物を、同じ想像力をもってみること。その想像の素晴らしさを十分に体験しながらも、決してとらわれず、新たな視点の可能性をいつも開いていること。」

そうやって、乾期ですっかり干上がった滝壺をながめ、地球と、インドの大地としばし会話を楽しみます。

「偉大なるイリュージョン」

そういう声と笑い声が聞こえてきていました。

 

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地球の上で、さまざまな営みがあり、さまざまな文化が生まれ、色とりどりのそれらが、混じり合って、いくつものレイヤーが重なるようにして、新しい絵になり、拡散し、消え去り、また、生まれ。

古代においてインド、そして中東で生まれたものが、洗練され、薄められて、今、私たちが住んでいる列島に届いていく様子が感じられます。
わたしは、現代的な材料をつかって絵を描いていますが、そこにある美意識は、伝統的なものかもしれないと思っています。材料や技法が伝統的であることで、日本特有の絵画を生み出すことも大切ですが、技法や材料がかわっても残り続けるなにかがあるならば、それは、本質的なものかもしれない。そういうチャレンジがわたしの制作のなかにあります。

その美意識にのなかに、遠い遠い昔、インドから届いてきたなにかも、今のわたしの絵のなかに流れているのかもしれません。

今回、わたしが展示していたのはこの4点の絵画でした。

 

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先入観なく絵と出会ってもらい、絵の前で長く立ち止まるひとに話しかけて、すこし感想を聞きました。戸惑いよりも、絵から受け取られる美しさの感覚を素直に話してくれる方がとても多かったことが印象的でした。

そして、驚いたのは、ある記者の方が、短くインタービューをさせてくれと言われ、わたしはなにも説明していないのに、「瞑想についての考えをお聞かせください」と質問されたことでした。絵だけをみて、それが、瞑想によって得られる感覚を背景にしていると、理解してくださったわけです。

インドには、健全な精神文化がいまも実際的に息づいている。そう感じる一瞬でした。

しかし、わたしはまだこのとき、思い出せないでいた一つの言葉をぼんやりと感じていて、なにか釈然としない心地だったのです。

それは、また次回。

今日も、宇宙に満ちる愛とともに。

ワールドピース!

インド旅行記4

2016年03月08日

「突然だけど、ステージでプレゼンテーションをしてくれないか。」
 
2016_India20160223112818 (アシットはニューヨークでも個展を開くインドでは著名な画家)

 

インドのアシットがそう言います。会期がはじまってすぐのことでした。



周りのアーティストは「そういうことは、事前に言ってないと。」

と反応していましたが、逆に事前に言われたら準備せざるをえなくなり、負担だったことでしょう。
翌日、わたしは世界的な視点で美術についてなにがしかを聴衆に話すことになりました。

マレーシアのレジデンスに参加していたメンバーたちには、「圭の英語の話は、わかりやすい。」
という認識になっているようです。

結果、その場にいた記者も、その日の話を新聞の一面に書いてくれたし、
講演を聞いたメンバーたちは「今回のイベントを意義あるものにしてくれたよ。」
と、言ってくれました。

すこし、その時はなした内容を思い出してみなさんにもお伝えしようと思います。

 

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インターナショナルアーティストのグループを代表して、
インドの皆さんにお礼を申し上げます。
今回は素晴らしいイベントにお招きいただいてありがとうございます。
まずは、わたしたちのメンバーを紹介します。(それぞれに名前を呼ばれ、挨拶。)
アジアを中心として、草の根のアーティストの交流がこのように育ちつつあります。
これも、未来の文化への芽かもしれません。

さて、今日は「遠近法」ということをテーマに話そうと思います。

先日デリーの近代美術館を訪れ、近代以降のインドの美術の流れを概観することができました。
とても重厚で、エネルギッシュであることが、その特徴の一つでしょう。
また、ここへきて多くの国内作家の作品を見ることができ、そのクオリティーの高さを知りました。
そして、わたし個人の視点ですが、共通してみられる特徴として、霧のような無限空間が
たびたび表れる要素だと思いました。これはわたしの絵にもみられる特徴なのですが。

霧の向こうに消えていく世界。
これは、しかし、実は、東洋の絵画にも特徴的な共通点です。

西洋の絵画は、中世に「遠近法」という発明をしました。
この発明によって、よりリアルに、平面の中に3次元空間を描けるようになりました。
遠近法には「消失点」があります。
この「消失点」をもった遠近法は、近代まで東洋の国々の絵画にはあらわれませんでした。

中国の絵画も、日本の絵画も、文化的、技術的に潜在的にはインドの影響をうけています。
それはとても間接的であっても、つながっています。
そして、その東洋的な絵画は、西洋的な遠近法の消失点はもっていなくても、
雲や霧の中にかすむ、消失点をもっています。

misty (ちょうど舞台背景のデザインも、霧がかったグラデーション効果をつかっていたので、それを例に説明する。)

このような消失点の先には、なにがあるでしょうか。無限の宇宙があります。

西洋の絵画は、二次元のなかに、三次元を再生しました。それは素晴らしいことです。
しかし、東洋の絵画は、二次元のなかに無限を見せることが出来ていたのです。

今、わたしたちは新しい時代を迎えています。美術に西も東も国境もありません。
現代美術という感覚で見たときに、人間が提示できる美への感覚に境界はかつてほど重要ではありません。
わたし自身は、現代的な感覚の絵を描いていますが、その絵のテーマは「宇宙からの愛」です。

平面のなかにある、無限への消失点を通じ、わたしたちは宇宙を思うことができます。
想像力は自由です。絵の力にさそわれて、わたしたちは今、宇宙から地球をみていると想像できます。

ここからみると、地球では、相変わらず、人々が、楽しんで、ときに争って、苦しんで、泣いて、それでも、今も生きています。わたしたちはここから、そこへ、愛を送ることもできる。

アートの持つ可能性は無限です。
同じ根を持ちながら、遠い世界を生きている、わたしや他のアジアの国々の作家たちがこの国にきて交流することから、新たな革新もおきるかもしれません。
無限への遠近法をわたしたちはもっと生かすことができるのです。
新しいアートを。愛の時代のアートを。

2016_India20160303171659
 

話のあと、日本画の伝統やタンカ、曼荼羅についての質疑応答もありました。
花束をうけとり、壇を降りると、多くの人が駆け寄ってきて、とても心に響いた、分かりやすかった。などと声をかけてくれました。わたしはいつものように、天に任せただけで、自身も、話の内容を聞いている感覚だったので、あらためて、わたしを使ってくれている宇宙の存在の素晴らしさを体験しました。

新聞にも載った影響か、わたしの作品を見に来る人は多く、見ていると幸せな感覚になる、瞑想をしている時のような感覚だ、ただ、美しい。など、日本で皆さんがおっしゃってくれるのと、同じ言葉を、素直にかけていってくださいました。

宇宙はかつてわたしに、絵を通して今の時代に愛と光をつたえなさい。世界にそれを広げなさいといわれました。

その使命の旅は、いまだ遥か遠く、方法もわかりません。
ただ、淡々と描いて、機会があれば、こうやって発信し続ける。
その繰り返しです。その繰り返しの中でも、シニカルな発信の多い美術という分野の中で、愛と光を海外で発信し、それを、理解してもらえたことは、大きな喜びでした。

わたしのいう愛はセンセーショナルなものではありません。
静かで、どこにでもいつもある、存在の背景のようなものです。
人間はそれをわすれがちだから、あえて絵で伝えたい。

その夜も、伝統舞踊のステージは続き、わたしは夜中まで見ていました。

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リグ・ヴェーダや、ラーマ・ヤーナという言葉が解説で出てくるたびに、わたしはシュタイナーの本の中で繰り返し出てきた単語として、その事を思い出していました。
ただ、整理されない情報としてそのときはあったのですが、たびの終わりには今日の講演や、それらの事が一つに結びついていくのでした。

それは、また、後の記事で。
それでは、また。
今日も宇宙に満ちる愛とともに。

ワールドピース!

インド旅行記3

2016年03月07日

「自分を何ものかに固定化してしまって、そこから対象をみるのは本当の自由ではありません。
何ものでもない自分へとたちかえり、ただ目の前にあるものを何の先入観もなく見るとき、目の前の対象は宇宙の英知を開示します。」

これは、わたしが未来の自分のために書き留めていた言葉です。

旅をするときに、ずっとこのような視点をもてたらどんなに素敵でしょう。

とはいえ、インドの雑踏のなかで、各国のアーティストたちと一緒にわたしも群衆の一部。
ときに、彼らと同じように感じ、彼らと同じように見ている。
今は「日本から来たアーティスト」という役。

それもまた、旅情です。

例えば、こんなことがあります。

イベントの間、すべての食事は主催者から支給されるのですが、政府が支給できるのはベジタリアンメニューだけだそうです。ハラールへの配慮なので しょうね。

わたしは普段からそれになれているので、嬉しかったのですが、参加者によっては、途中から疲れてしまったようでした。そんなとき「今日はカフェで たべない?」と誘われたら、一緒にキングフィッシャーという少し甘めのビールを一緒に楽しむ。そんな柔軟さで、共にいる人々と同じように感じてみるのも楽しい時間です。

私はといえば、最後まで、毎日違ったスパイスの味わいを楽しめて幸せでした。

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カジュラホーに行く前に、タージマハールへ立ち寄り、その大きさと壮麗さに触れました。

これは、ムガル帝国のシャー・ジャハーンが、妻のためにつくらせた霊廟。

どれだけの財産と、人の努力がそこにあるのか。
天文学的なスケールを感じることもできれば、宇宙のなかの小さな人間の営みの一つと見ることもできます。

視点を固定化しないとき、見えてくる何かがある。
冒頭に挙げた言葉がうかんできます。

タージマハールの背景にはイスラムの教えがあって、偶像崇拝を忌避する感覚から、そこには一切、人の形をした彫刻はありません。
ただ、この造形も宇宙観を表しているといいます。

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目的地の世界遺産はそれと対照的です。

とても硬い岩をこれほど精巧に彫る人間の技に驚かされます。

カジュラーホー寺院群(10~12世紀)は男女の性的結合を神聖なものとするミトゥナ造形で有名なので、「愛の(カーマ)方程式(スートラ)」 (4~5世紀)と結びつけられて宣伝されており、公式ガイドと名乗る人も、そのように話します。

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わたしはどこかそれに釈然としないで寺院をスケッチしていたのですが、そのもやもやも、またこの旅の終わりには解決されるのでした。それは、また 後の記事で。

皆で食事をしていると、その寺院群にからめ、イタリア人のジョゼッペが、自分の女性遍歴をたのしそうに話します。

それを穏やかな笑顔で聞いていたネパールのビノッドが、歩き出しながら「圭、ああいう話は、聞くにとどめるのが最善だね。」と穏やかにいいます。

私たちは寺院群の芝生に一緒にすわり、遠くから眺めスケッチをする。彼は美しい絵をわたしにくださいました。

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ベトナムから来た彫刻家の女性、ラップは、「このエロティックな群像をみるのが、今回の旅の大事なことなの」といって、一緒にみて歩いていまし た。たくさんの神々と、人間たちが、誇り高く、凛として、愛し合っている群像が、果てしなく続く世界。そうして、遠くからそれをながめるとき、わたしには宇宙的な視点が感じられます。「こうして離れてみるこの建築が、とても印象的だね。」そういうと、彼女も「本当に。」と応えていました。

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宇宙とはなんだろう。生きている私たちは、宇宙にとってどんな存在なのだろう。そんな問いかけと、そのことへの議論は、おそらく思考という機能を 持ったときから何万年も続いているのでしょう。そして、だれもが納得するそれへの答えは見つかりません。

夜になると、毎晩、寺院前のステージでインド各地の舞踊団が自慢の踊りを見せてくれます。世界中から多くの観光客が集まっているので、英語での説明も交えます。とても広大な宇宙観を背景にそれを擬人化して表現している。インドほど多くの宗教を生み出してきた場所はないのかもしれません。それぞれ、少しずつ違うのでしょうが、ブラフマン、シバ、ビシュヌなどは繰り返し表れてくる名前で、なにか漠然と同じ背景をもっているのを感じます。また、毎晩見ていると、なぜか、そこにあるエッセンスが、日本の能の舞台の底流にあるものと重なって行きました。

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いったい、これはなんなのだろう。と不思議な感覚を感じながら、わたしは深く思考することなく、ただ、日々の刺激の中を泳いでいた。そのときはまだ、そういう感覚でした。

今日はここまで。

読んでくださったのならば、ありがとうございます。

今、新しい何かがはたらいて、3月末からの個展の作品が仕上がりつつあります。
宇宙からの愛が、あなたにとどくように。

インド旅行記2

2016年03月05日

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今回の旅の目的は、世界遺産のカジュラーホー寺院群があるところで40年間続いている伝統舞踊祭での美術展に招待作家として参加することでした。

伝統舞踊祭は政府主催で行われていて、そのなかで、毎年美術展も開催しているとのこと。限られた予算のなかで、工夫してなにか文化的なことを人々に提供したいという努力が伝わってくる催しでした。そのなかで、海外の作家を選び展示するのは今年はじめての企画だったそうで、いろいろと手探りの企画だったようです。

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政府主催の割にはいろんなことが大雑把で、始まってから企画をたてたり、突然ステージで私がプレゼンテーションをすることになったり。それでも、地元の新聞に名前がのったりして、なんでもありなインドの気質の一面を感じることができました。

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私の英語は、旅のなかで身につけたもので、アカデミックなものではありませんが、その時のプレゼンで話したことは、多くの人の心に届いたようで、私にとっても新しい経験でした。

ビザの申請や、チケットの手配など、12月ごろから準備をはじめ、夜中にたどり着いたデリー。そこから、夜行列車でカジュラーホーへ。インドの友人作家から、「夜行列車の運賃は政府が出すけれど、余裕があるなら、国内線で来た方がいいかもよ。」と脅かされていたので、すこしドキドキしましたが、三段ベッドの車両で、アーティスト仲間だったので、いい旅情が味わえました。

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混沌とした国のなかで、いろんな国の仲間たちが助け合いながら目的地を目指す旅は、ワールドピースを具現化していると感じます。

私は、インドまで聖典をもとめて旅をした玄奘のことをなぜか思い出しながら、21世紀の小さな人間としてこの旅を味わっている自分を不思議に思いました。

肉体の旅と、精神の旅と。

日本にいるときと、本質的には同じです。

このとき私は気づいていませんでしたが、結局、この旅で私は精神の忘れ物をとりにいっていたのでした。

また、その話を書きとめていきます。

今日も読んでくださってありがとうございます。

インド旅行記 1

2016年03月04日

 

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愛する皆さんこんにちは

インドへの旅から帰ってきました。
インドへ行くのは初めてでした。今回はイベントに招かれていくのだから、すべて自分の計画で進むわけではありません。ただ、必要な出会いがそこにあると信頼して出かけました。

一言でインドといってもとても広大な場所で、人々も様々です。
今は世界第二位の人口を誇る国です。そしてとても古い歴史をもっている。
まるで万華鏡のように、一瞬一瞬違う姿を見せるのがインドかもしれません。

 

様々な国のアーティストが、自分の作品をかかえてあつまり、一週間のあいだ、
同国のアーティストたちと交流をふかめ、インドの文化と触れあいました。
ある者は国からの支援をうけ渡航し、ある者は企業のスポンサーをうけて訪れ、
ある者は私と同じように自分の貯金をはたいて、ここに集まりました。

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アジアの国々を中心としたアーティストのコミュニティーが、
このような交流を通じて、少しずつ育っています。

それぞれが全く違う環境で制作しながらも、こうやって出会うことで、
同じ時代を生きる地球人として、共通することや、独自性をあらためて認識するよい機会だとおもいます。

これから、数日、間をおきながら、写真をまじえインドの旅行記を届けてまいりたいと思います。

また、3月11日からは福岡でのアートレッスンもあり、
宇宙の叡智をお届けします。
ご興味のある方は、是非、ご来場ください。

八坂圭の福岡アートレッスン2016年3月

3/11.12.13 金〜日

それぞれ、3枠、合計9枠開講します。一回5名さままでとなっております。

朝・10:00-12:00
昼・13:30-15:30
夕・17:00-19:00
金曜日の夕の回のみ、18:30-20:30

こちらから、予約状況がご覧になれます。
https://goo.gl/HYs4vU

ホームページもリニューアルし、
アートをつうじて、愛と光のバイブレーションをこれからも沢山とどけたいと思っています。

http://yasakakei.com/

いつも、うけとってくださってありがとうございます。

今日から、熊本の山の中でまた制作の時間です。

それでは、また。

今日も宇宙に満ちる愛とともに。
ワールドピース!